Mitubishi MC-20をつくる(3) | virt_flyのブログ

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↑大日本航空の「白根」            朝日新聞社機「朝雲」

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MC-20に塗装を施しました

 
自作のMC-20の3Dモデルにようやく塗装を施すことができました。
 
大日本航空の「白根」を模した機体の方は、会社のロゴマークと旅客機名の部分だけ他の箇所とは別サイズにして画素数をふやしましたので、かなり鮮明なできになりました。


朝日新聞社の「朝雲」の方も、社旗のロゴを別扱いにしてみましたが、それでも小さいために「朝」の字は潰れてしまいました。

ボデイの機体識別番号や「朝雲」のコクピット下の「あさくも」の文字は、別サイズにはせず、ボデイのテクスチュア画像のなかに描き込んでいます。曲面に描かれたものを平面で表しているからでしょうが、テクスチュア画像とくらべて文字が縦長になってしまっています。
なお、文字は当時の字体の特徴があるように思いますが、少し調べたくらいではわからず、似てそうなフォントでの代用で勘弁願います。

なかなか思うようにはいかないものですが、3Dモデルの方も、つらいところがあります。AI機用にするということでなるべくメモリをくわないようにと思ったあまり、翼が角張ってしまいました。

今回、MC-20をこしらえるために調べていて知ったのですが、昔から新聞社はかなり航空機を活用していたようですね。今以上に。この機体もあの機体も、みな新聞社が採用してたんだと思ってしまうくらいなのは、ファックス(注参照)や電子メールのない時代だったから、他社を出し抜きスクープをものにするには、原稿や写真、記者を飛行機で運ぶ必要があったのでしょう。朝日新聞社のMC-20は”空飛ぶ編集室”と呼ばれ戦時報道に活躍したようです。

注)Wikipediaによれば、日本電気の開発したNE式写真電送装置を使い、新聞社が1928年の昭和天皇の即位礼を電送したのが日本での実用化第1号とされています。官公庁や大企業よりもなによりも、新聞社がまっ先に使い、広がっていったわけです。MC-20が初飛行したのは1940年ということですから、この時点ではファックスはすでに使用されていたことになります。
 ちなみに、日満議定書調印式の写真を他社に先んじて輸送しようと悪天候のなか飛行していたとされる朝日新聞社機(デ・ハビランド プス・モス)の行方不明事故があったのは1932年のこと。