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virt_flyのブログ

フライトシミュレーターソフトのFlightGearで仮想飛行を楽しむブログです。

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↑冬用迷彩塗装した雪原のT-34/76 particleで雪煙を再現してみてもいいかも。

 

pushbackを参考にして動くように

 

T-34/76の3DモデルをFlightGearでAIタンクとして使うには、走行時と停車時とに対応してキャタピラの状態を再現できていないと、今いちです。

転輪も回転させないとなりませんから、AIといわず操縦できた方が、動きを確認できてよさそうです。以前、M1-Abramsなどを、pushbackを参考に改造して走らせたり砲を撃てるようにしたことがありましたから、それにならってT-34/76も走らせてみましょう。

画像は、動くようになった我がT-34/76です。転輪も軽快に回転し、雪原を疾駆する様はなかなかなものです。particleを利用して、雪煙や砂埃が舞うようにすれば、迫力も増すことでしょう。

今回は、履帯の動きの再現にも挑戦することにしましたが、これが問題です。模様の確認できる停止状態と高速に動いて一本の帯のように見える状態、本来ならこれに中間のゆっくり動く様子も再現したいところですが、それどころではありません。

状態の違いを何を条件として区別するかについては、エンジンの回転数では、空ぶかしでキャタピラは動いていないこともありえますから、やはり速度を条件にすべきなのでしょうが、ここのところがよくFlightGearを理解していないために、最近惑わされてばかりいるところです。プログラムを変更したら、パソコンをリセットしないとこれがちゃんと機能しないみたいで、きちんと確認はできていませんが、今回は<property>/instrumentation/airspeed-indicator/indicated-speed-kt</property>なら少しは動くみたい。それとても安定した感じがありませんが、いたしかたありません。

もっとおかしいのは、実際に回転する転輪と履帯の位置が、3Dモデル作成時の位置とずれてしまうことです。何もかもが不可思議!


 

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↑ソ連といえばスローガンがつきもの。砲塔に「祖国のために」と書き込んだT-34/76


塗装の段になって、いかにも足回りが空疎に感じられて、もう少しつくりこむことにした結果が、画像の3Dモデルです。リアルにはなったのですが、メモリーを1.7MBも喰ってしまいました。

起動輪や遊動輪は、穴を開けないまでも仕切りまでこしらえたため、法線の向きの変更をかなり行わなければならず一苦労。

転輪の裏は、多少見え隠れしているのですが、よく分からないので外側も内側も同じつくりにしました。車体の右側でも左側でも両方使えるように(^_^?)。

今回こしらえたT-34/76は、1942年の第112工場(ゴーリキー市にあるクラスノエ・ソルモヴォ工場)製のものを参考にしました。初期のピロシキ型砲塔をまだ積んでいますが、運転席のハッチにはペリスコープがついており、この点は後のT-34/85とも共通します。

単に好みであるばかりでなく、砲塔さえ替えればT-34/85ができるのではと思ったものでしたが、そうは甘くありませんでした。

転輪はみな仕切り付きになっており、フェンダーはカーブがなくなりストレートに。転輪はゴム付きからゴムなしになったのでしょうか? 外付け燃料タンクは箱型から円筒型に変わったようですが。

とりあえずは、AIタンクとしてFlightGearで使えるように、xmlファイルの記述を急ぎましょう。

後に廃れてしまう砲塔のピストルポートですが、スローガンを書くのには少々邪魔っけです。「ファシストに死を」なんてのも少し字数がありますが、ソ連らしいスローガンです。

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第2次世界大戦の最優秀戦車

 

AI機にかわり今度はAIタンクです。

フライトシミュレーターに戦車というのもおかしなことですが、Bombable add-on用にM1エイブラムスをつくってらした方がありましたしから、火力支援のための近接航空支援という概念があるように、機甲部隊と航空機とは密接な関係があるということで、お許しを。

F1M2、MC-20と立て続けに3Dモデルを作成してきて、自分にしてはBlenderの使い方も理解がすすみ、狡い作り方も身につけるなど、少しは腕が上がりつつあるかなと思えるようになってきましたので、この際少し3Dモデル作成の練習をしておこうかなと思ったものです。

船(軽巡洋艦)をつくったことがかなりよい経験となった気がしますので、腕をあげるには飛行機ばかりでなく他の物をつくることも大事かなと思い、今回は先の言い訳のように戦車をつくることにしたわけです。

そこで今回とりあげたのは、機甲部隊同士が激しく戦った独ソ戦において、ソ連を勝利に導いた第2次世界大戦の最優秀戦車とされるT34戦車としました。

バルバロッサ作戦の発動による電撃作戦で、ソ連領内深く進撃したドイツ軍でしたが、現れたソ連軍戦車に驚愕することになります。

 

ドイツ軍の対戦車砲や戦車砲では、T-34を貫通できない! 強力な砲、被弾経始を考慮した最先端の傾斜装甲のフォルム、ディーゼルエンジン、大型転輪、幅広履帯の採用など、走攻守に秀でたこの戦車は、当時のドイツの戦車を様々な部分で圧倒していたのです。

とはいえ、当初はソ連軍の未熟さや運用のまずさから、確固撃破されたとか。あるいは損失の少なくとも半分は、フィルターに防塵効果がなくエンジンの寿命を縮めるなど故障によるものとも。

「T-34ショック」から、ドイツはティーゲル重戦車やパンター中戦車を開発し投入するようになりますが、破壊力と装甲はすごくても重量が過大で機動力にかけ故障も頻発、複雑で量産がきかず故障が多いなど、実用になならない面もあったようです。

戦車の天敵は、やはり航空機でしょうか。シュツーカ大佐の異名をとるハンス・ウルリッヒ・ルーデルは、自身30回も地上砲火で撃墜されながらも、旧式のJu87でソ連戦車500両以上、車両800両以上を撃破したそうです。
ソ連も、IL-2シュトルムモビークを航空支援に用い、ドイツ軍の電撃戦術に対抗し、ドイツ機甲部隊を打ち破っています。

さて、T-34戦車といっても初期のT-34/76から、ティーゲルやパンターに対抗するためにつくられたT-34/85まで、年毎に、工場毎にさまざまなバリエーションがあります。今回は、気に入っているT-34/76 1942年 112工場製を模してつくることにしました。