南太平洋の旅(4)ーブーゲンビル島 | virt_flyのブログ

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↑Buin飛行場は、滑走路が舗装されていないのかグリーンです

甘藷栽培が餓死を減らす

 
 FlightGearの世界での南太平洋の旅を続けます。今回は、F1M2でラバウルをたち、ブーゲンビル島のブインをめざすものです。
 
 先の大戦で、日本軍はブインに飛行場をもうけていました。ガダルカナルを失った日本軍にとって、次に攻撃を受けるのがブーゲンビルであることは明白でした。

 

 しかし、米軍が飛行場奪取の方法をとらず、適地を選び飛行場を建設するという作戦(秀吉の一夜城を彷彿させる堂々たるものですね)をとり、上陸地点が予測と異なったことは日本軍とって誤算でした。結果的に日本軍はガダルカナル同様、道もわからぬ不慣れなジャングルを越えて敵に迫るしかなく、ここでも補給を絶たれ飢えとマラリアに将兵は倒れ失敗を繰り返すことになりました。

 

 ガダルカナルの餓島にたいし、ブーゲンビル(当時日本軍はボーゲンビルと呼称)は墓島とよばれるようになったわけですが、ガダルカナルとは少し違った点もあったようです。

 

 日本軍には補給という考えは元来無く、すべて現地調達。現地住民にとっては紙切れでしかない軍票で支払うのはまだしも、飢えた日本兵の略奪がとってかわり、日本軍が嫌われる最大の理由だったといわれます。

 

 そんななかで、ブーゲンビルでは現地自活を見越した模索があり、現地住民の協力も得て甘藷栽培が広げられ、ガダルカナルほどの餓死をだすには至らなかったということです。


 現地自活の成功も、現地住民の協力があればこそであり、Wikipediaによれば「日本兵に略奪禁止を徹底され、日本式農園の作り方や塩、魚の取り方、ドラム缶からスコップやナイフ等を作る技術を教えて信頼関係を築き上げた」からとされています。「余剰した食料を日本軍に上納させ、労働力を提供してもらうことで先住民を後方支援部隊に仕立て上げた」点がどういうものだったかはわかりませんが。終戦後の現地での軍事裁判で日本軍側に対して恣意的な判決が出たときには、現地住民は日本軍将兵を擁護したそうですから、旧日本軍と現地住民との関係は、悪いものではなかったのでしょう。

 

 フィリピン戦線に米軍が移動し代わりに豪軍が進駐するまでの間の米軍の消極策もあったからでしょうが、終戦後までブーゲンビルの戦いが続いたのも、サツマイモのおかげだったんでしょうね。

 

 太平洋戦争のターニングポイントとなったガダルカナルの戦いとの扱われ方のちがいなのでしょうが、よく知らないことでした。FlightGearによる旅も、相変わらず結構勉強になります。