
スタンレー作戦=悲惨を極めた東部ニューギニア戦のはじまり
オーストラリア空襲関連で、出発地は太平洋戦争中日本軍がついに落とすことができなかったポートモレスビーとすることにしました。今日、オーストラリアの委任統治から独立したパプアニューギニアの首都だというのに、治安はよくないらしいですね。
それでというわけでもないのですが、水上機ですから海上からの発進をFlightGearで選択したら、ポートモレスビーより海をはさんだ東、大きな河口のデルタに近い側から発進することになりました。一旦西進し、陸が見えたら海岸伝いにポートモレスビーに向かうことにしたところ、燃料が全然たりません。航続距離は零戦の半分としても、1,000キロメートルはあるはずなのですが。プログラムのチェックが必要かも。
給油の上、一路目指したFlightGearのポートモレスビーは、画像のとおり。
この後、機を北上させ、オーエンスタンレー山脈を日本軍とは逆に南から越え、ラエをめざします。
辻政信の独断専行がとがめられることなくはじまったポートモレスビー攻略作戦=スタンレー作戦は、豪軍の焦土戦略もあって、多くの将兵が飢えとマラリアに苦しめられて敗退。東部ニューギニア戦は、悲惨を極めたものとなります。
「無謀は承知。やるしかない」的な狭隘な思考は、狂信しているのならおろかとするしかありませんが、それに異議を唱えずただ容認するのではいささか無責任に思われます。しかし、ごまかすにはあまりに都合のよいことばだけに、こうしたずるさが改まることはむずかしいようです。この間の原発再稼動や景気に影響する消費税増税の論議でも、やむを得ない的意見が流布されています。禍根を残すことにならなければよいのですが。
余計なことを言っている場合ではありませんでした。スタンレーの4,000m級の峰をチューニングのできていない我が愛機で飛び越せるかどうかの大問題が待ち構えていました。FlightGear用に自作したF1M2の上昇限度は8,000フィートほど。
「スタンレーの魔女」(松本零士)が、今回の飛行で峰を越えるのを許してくれたのは、10中2回。その2回もPC画面を見ていないときがあったので、多分に機体を峰々にこすりつけての飛行だったのではと思います。
なんとか給油もしてたどりついたラエは、かつて日本軍が占領したところであるとともに、有名な女流飛行家アメリア・イアハートが行方不明になる直前に飛びたった地でもあったんですね。
ラエを後にし、機はラバウルに向かいました。新幹線並のスピードしかでないF1M2の旅はかなり時間を要します。だましだまし給油しながらの飛行も、連休中にはシンプソン湾にまで進出することができず、ココポの新ラバウル空港近くの洋上に到達するのがやっとでした。