こんにちは。
カッキーです。
鈴木おさむさんが、
自身のソフト老害の可能性についてコメントされている記事を見ました。
老害という言葉が好きではないですが、
とても大切なポイントと思うので書きます。
社会的な立場や年齢が老害につながることは大いにあると思うけれど、
どんな人間も可能性を持っている事象だと思います。
「自分は、よく知っている」
「自分は、十分に経験している」
「自分が、一番やれる」
という感覚がベースにあり、
「だから、これ以上知ることはない」
「だから、これ以上経験することはない」
「だから、一番でやり続けられる」
という存在感が出ている。
そんな感じをひっくるめて、
老害が生まれえるのかなと。
というのも、
私が会社員生活を卒業した理由が
鈴木おさむさんが言うところのソフト老害になりそうな自分を
想像していたから。
何かにつけ「もう分かっていること」という反応が、
自分の内側で頻発していて。
だけど、
それを外に出したくないし隠さなきゃ
という思いもすごく大きくて。
相反するエネルギーをやりくりするのは、
とても消耗するし苦難です。
こういう状態を望まないのであれば、
今考えられる方法は一つ。
知らない世界に身を置く
ことだと。
必ずしも仕事でなくてもいい。
生活のうちの何割か(加減は人それぞれ)を、
常に知らない世界に触れるようバランスしておく。
この方法であれば、
自分自身もスムーズに呼吸できるのではないかな。
知らないことや新しいことは、
未知という怖さを伴うかもしれない。
でも、
「分かっていることばかりの息苦しさ」と、どちらを選ぶかは自分次第。
自分をどう見つめるか?
Note記事にしたためたので、
よかったらこちらもどうぞ。
ではでは。