ラフに多趣味の殴り書き -24ページ目

ラフに多趣味の殴り書き

あなざーことvipanotherによる声優とベイスターズとプロレス他の多趣味なオタクブログです。

幕張終わってから書こうとしてたら書く暇無くてこの時期になっちゃいましたー。

5月13日はTrySailライブツアーの新潟公演に参戦してきました!

今回の連番はなんとこの面々。
又の名を声優結婚三銃士withがぶなんちゃら
ベン図的にどちらにも含まれるあなざー&ゆたかさん。
↑何故作ったし。

開演前には調査団オリメンで新潟濃厚豚骨鬼助に!
それぞれ違うラーメンで三連番。
この日飴さんも時間差で鬼助にww

そして今回の公演は事前にアナウンスがあり声帯が部長の天ちゃんが歌わない公演である旨の事前通告がありました。

一体どうなるのか…しかし我々には潜在的なTrySailへの信頼感がありましたし割と前向きに捉えていました。

そして開演。
セトリがこれ↓

凄い公演でした。
声が出ない天ちゃんを全力で支えて天ちゃんの声帯と化したもちょナンス。歌唱力の支柱である天ちゃんが声が出ないという向かい風に帆を張り追い風に変える姿に終始胸を撃たれ続けました。

あとは時間が経ってるので当時一人打ち上げの串カツ田中で書き殴りまくったエモエモなTwilogで。

いやー本当にこれは伝説の公演だったと思います。
二度とあってはならないと思う一方、あって良かったとも思える不思議な気持ち。
向こう何年はこの3人なら何があっても大丈夫だなって絆を見た一夜でした。

連番して共に伝説の目撃者になってくれた夏川椎菜調査団with飴に本当に感謝です!

それにしてもパレイドの発売まであと一ヶ月もある!
(*>△<)待てねーーーーーーー!!!

 はじめましての方もご存知の方もこんにちは。#指定暴力団不確定性原理招致委員会 の「のうち」です。今回は、あなざーさんのブログを借りて一記事書かせていいただきます。

 さて、今回のテーマは「不確定性原理」です。なぜこの楽曲は不確定性原理という名称が与えられたのかについて、楽曲名である不確定性原理(原理)の観点からも見たいと思います。


はじめに
 筆者は大学~大学院で有機化学を専攻していただけなので不確定性原理(原理)については講義中に聞いたことがある程度です。マジモンの量子論やら物理学やらの不確定性原理オタクの皆様からのご指摘は真摯に受け入れます。


不確定性原理(原理)について
 とりあえず見てもらいましょう。これです。
 
 
(ΔxかけるΔpは「二分のエイチバー」以上、という掛け算の不等式)

 はい。よくわからないのでWikipediaの説明を引っ張ってみましょう。

 不確定性原理(ふかくていせいげんり、独: Unschärferelation 英: Uncertainty principle)は、量子力学に従う系の物理量 Aを観測したときの不確定性と、同じ系で別の物理量Bを観測したときの不確定性が適切な条件下では同時に0になる事はないとする一連の定理の総称である。特に重要なのはA、Bがそれぞれ位置と運動量のときであり、狭義にはこの場合のものを不確定性原理という。

 はい。よくわからないです。とはいえ、マジモンの量子力学の話を楽曲でしているわけではないはず。なのでもうちょっと口語的に解釈してみましょう。

 量子力学に従う系の物理量 Aを観測したときの不確定性と、同じ系で別の物理量B
→ある対象に関して、Aという性質の不確かさBという性質の不確かさ

 不確定性が適切な条件下では同時に0になる事はない
→A×Bが0以上であるため、ABも0にはなりえない。つまり、上記の不確かさは同時に0にはならない。

 つまり、何かに備わっているAという側面Bという側面は、どちらも不確かさが0にはならないということを言っています。不確定性原理(楽曲)におけるABについては次章で述べます。

 更に、数式を見るとこれらの不確かさの大きさについても考えることができます。
 簡単な数学のお話です。ある正の数を2つ掛け算して100を作るとしましょう。無限の組み合わせがあると思います。2つの数をどっちも小さくしようとしたら10と10でしょうか。一方、1つだけを小さくしようとすると、たとえば1と100、0.1と1000、0.01と10000……という風に、もう1つは無限に大きくなっていきます。

 すなわち、先程出てきたAの不確かさBの不確かさは、どちらかを求めればもう一方がおざなりになる、トレードオフの関係にあることを言っています。


不確定性原理(原理)と不確定性原理(楽曲)の

関連について
 上の考え方が不確定性原理(楽曲)にてどのように生きているのかを見てみます。
 先日の記事にて「SNSと現実で乖離した自分自身」という観点がありました。この解釈を当てると、ABについては「本当の自分の不確かさ」「SNS上の自分の不確かさ」がまさに当てはまるのではないでしょうか。
 これらの不確かさがなくなりはしないこと、そして「本当の自分」「SNS上の自分」どちらかを求めればもうひとつがおざなりになってしまうということが、不確定性原理(楽曲)が不確定性原理という楽曲名を与えられた理由と考えられます。
 きっと皆さんにも各種SNSをしていて感じるモヤモヤといったものがあると思います。不確定性原理はその点を突いている、2018年でもなお色褪せない生きる楽曲であると言えるでしょう。

 なおこの解釈については、あにみゅ! 12月号にある茅原実里全曲レビューにて、以下のような講評がなされていることも付け加えておきます。

 骨太なギターとパンチの効いたビートが、歌詞の中で描かれている“葛藤”を思わせるミディアムナンバー。「暴いて欲しい」といった、“上辺の自分”“本当の自分”の間にある複雑な感情を表したかのような言葉を、茅原は時に鋭く、時に雄渾に、多彩なヴォーカルで歌い上げる。『Defection』でのタフネスや『raison pour la saison』でのクールネスはそのままに、溜め込んでいた感情を全てさらけ出すかのように歌う茅原の歌声と切れ味の良いサウンドの化学反応が、聴く者のパワーをふつふつと漲らせてくれる。

 鋭い。

 

 

不確定性原理(楽曲)について
 やっと前置きが終わったので本題です。不確定性原理(楽曲)を見ていきたいと思います。

独り言が頭の中を 埋めつくして街を歩く
気まぐれにはじめてみても うまくいかないもの

→自分(不確定性原理における主人公)が何か憂鬱げに歩く様子が描かれている。

胸の奥に隠れた私 いつも誰かに探られる
笑顔で誤魔化してるけど ほんとは 暴いて欲しい

→悩みの種は「本当の自分」がちゃんと見られていないことだというのがここでわかる。そして、そうは思いながらも表面上の自分を演じているという矛盾も。

自分のことなんて みんな知らないままで生きる
見えないものは無いのと同じ 淋しい理屈ね

→自分のことは自分しか知らないし見えない、だとすればこの世界に「本当の自分」があってもなくても同じであるという恐怖。それは「淋しい」ことであると虚無的に捉えているややネガティブなフレーズに感じられます。しかし、裏を返せば「本当の自分」を知ってもらいたいという強い思いがあるからこそ生じてしまう感情なのです。本心はそっちです。

私は確かにここにいるの? おざなりな孤独じゃ傷つく価値もない
リアルな感覚確かめたいよ 歯痒いくらい 痛みを探してる

→その感情が爆発するのがここです。1行目では後ろ向きなワードが出ていますが、2行目では「リアルな感覚確かめたい」「痛みを探してる」という前へ進んでいこうという意思表示が見えます。この心の移り変わりが見えることが、不確定性原理(楽曲)が心に強く訴えてくる楽曲である理由だと思います。

自己主張自分のサイズ ギャップを埋めようとする日々
どっちにも馴染みきれない じゃあ、この私は誰

「SNS上の自分」「本当の自分」のギャップというこの楽曲での核心とも言える部分がここです。テーマが明かされることでこれまでの歌詞の持つ意味が一気に膨らんできます。
 「SNS上の自分の不確かさ」が大きくなってきており、それにより自分が破滅してしまうんではないかとの危うさを垣間見せています。

同じような日々も 見方を変えればほら急に
輝きはじめるはずだなんて 素直になれたら

→上の危うさは退屈なサイクルと化した日々によるものであり、それとSNS上の、仮初の自分とのギャップに苦しめられていました。その解決としてSNSに上がるようなものではない日常に価値を見出すこと、それにより本当の自分に価値を認めることを選択しました。
 1番サビ前フレーズの 見えないものは無いのと同じ 淋しい理屈ね の部分ではネガティブな印象もありましたが、2番サビ前ではポジティブな言葉選びがなされています。対比が美しい……。

溢れるパルスの波に飲まれ 大切なことさえ見失ってゆくね
諦めきれない私がリアル? 叫んでいるの? 声にできないまま

→パルス(Pulse)は、短時間に急峻な変化をする信号の総称。(Wikipediaより)
 

 

 なぜこれまで、意味するところは同じである「他者から見た自分」ではなく「SNS上の自分」という観点で見てきたのか。それはここの歌詞に理由があります。電気的信号を意味するパルスが溢れるという状況は、現代のネット社会における情報の氾濫を意味していたのです。過多な情報に飲み込まれる中で本当の自分を求め、叫ぼうとするも声にならない、声がかき消される苦しみが描かれています。
 また余談ですが、イントロのデッデッデッデッデッデッデッデッの部分はまさに連続パルスです。作曲・編曲の妙を感じますね……。

バラバラになってた バランスを取り戻すために
不器用に生きてもいいなんて 知らなかったから

「本当の自分」「SNSの上の自分」との揺れ動き。壊れかけているバランス。それを取り戻し、「本当の自分」を安定化させようとするのは、このSNS社会では難しい部分もあります。所謂インスタ映えなどの行為を行わず本当の自分のために動くこと。それはあたかも友人との外出時にパンケーキを食べずに二郎に行くかのようであり、大変難しい面があります。
 しかしそんな不器用な生き方をしても良いのです。それほどまでに「本当の自分」は重要なものであり、そして現代では軽視されてしまっているものなのです。主人公は1つの「答え」を手にしました。

私は確かにここにいるの? おざなりな孤独じゃ傷つく価値もない
リアルな感覚確かめたいよ 歯痒いくらい 痛みを探してる

→これまでの苦しみはここで一旦の解決を迎えます。1番サビと同じフレーズ。悩み苦しんできた主人公はひとまず前に進むことを決め、これからも対面することになる「本当の自分」「SNS上の自分」とのギャップへの葛藤に逃げない決心を固めました。

 


 今現在でもメッセージ力の衰えることのない楽曲で今すぐにでもライブで聞きたくなります。これを2010年~2011年に制作・発表していたとは恐ろしい……。

 


さいごに
サマチャンセトリ企画の投票は2018/6/4(月) 23:59まで!
 不確定性原理への投票をよろしくお願いします!!!


 文字ばかりの駄文でしたが、ここまでご覧いただきありがとうございました。

えー #指定暴力団不確定性原理招致委員会 からのお知らせです。

茅原実里さんの毎年恒例河口湖ライブが今年も行われます。タイトルは
SUMMER CHAMPION 2018
略してサマチャンです。

そんなサマチャンでは、なんとこんな素晴らしい企画が行われます!
これは激アツですね!自分の投票した曲が採用されるチャンスなので。

ところで、茅原実里さんの楽曲に
「不確定性原理」
という曲があるのはご存知でしょうか。
あの名曲シングル「Defection」のカップリング曲です。


摩訶不思議なタイトルなのでウィキペディアで意味を調べてみました。
なるほど、分からん。


しかしこの曲は本当に素晴らしく、サマチャンで歌って欲しい理由が沢山ありますので紹介します。


理由1、楽曲製作陣が豪華
→この不確定性原理、楽曲製作陣が豪華過ぎて思わず楽曲派の顔つきになってしまいます。

作詞   田代智一&こだまさおり
作曲   田代智一
編曲   藤田淳平

なんじゃこりゃー!田代さん作曲で藤田さん編曲とかこれ実質
Q-MHzとエレガの共作やんけ!
しかも作詞も田代さんと魔術師こだまさおりさんの合同。
田代智一さんと茅原実里さんと言えば代表的なのが
「雪、無音、窓辺にて」
ですね。このタッグが作ってる音楽が弱いはずがありません。


理由2、詩世界がまさに現代社会を鋭く風刺している
→不確定性原理の初出は2011年2月9日です。つまり今から7年以上も前。こんなにも前に発売された曲の歌詞がまさに現代2018年を鋭くシニカルに暴いています。

胸の奥に隠れた私 いつも誰かに探られる
笑顔で誤魔化してるけど ほんとは 暴いて欲しい


自己主張と自分のサイズ ギャップを埋めようとする日々
どっちにも馴染みきれない じゃあ、この私は誰?


現代2018年の日本。「いいね!」欲しさに背伸びした自分を切り取りFacebookやInstagram。ふとそんな自分とSNSの中の自分のギャップに気付く。
「映え」を気にして食べもしないアイスを買い、入りもしないプールに遊びに行く空虚な人種。
自分の本質から積極的に目を遠ざける現代人の危険性を赤裸々に晒し上げるような鋭いリリックです。

最近改めてここの歌詞を聴いて何という予言的な歌詞であったのかと感動しました。


理由3、しかし歌詞には同時に救いもある
→現代を風刺するだけではありません。不確定性原理の歌詞はそんな「SNSと現実で乖離した自分自身」も救ってくれる懐の深さも見せています。

同じような日々も 見方を変えればほら急に
輝きはじめるはずだなんて 素直になれたら


バラバラになってた バランスを取り戻すために
不器用に生きてもいいなんて 知らなかったから


ありのままに生きる。このシンプルな答えを説得力溢れる歌詞で伝えてくれています。

そして「不確定性原理」のウィキペディアにある長い長いよく分からん解説が不思議とこの詩世界とシンクロしてくるのが最高のカタルシスを僕にもたらしてくれました。不思議ですね。
是非2018年に敢えて聴きたくなる一曲です。


理由4、中毒性のあるサウンド
→イントロから力強いドラムのキックが規則的に流れます。そして直後、ディレイの効いた不規則な電子音が続き完全にキマります。

ギターとシンセの絡みも非常に美しく、所々不規則なエフェクトが入りこの曲の詩世界をアシストしています。

更に中盤、キーボードソロがありそれが終わるとギターソロも続きます。なんという欲張りセット。
最終盤にはキーボソロとギターソロが融合し落ちサビに突入する構成、これ進研ゼミ楽曲派講座でやったやつだ。

このサウンド構成は聴けば聴くほどに中毒性が出てくると思いました。


理由5、ライブでほとんど披露されていない
→この曲はシングルのカップリング曲、かつアルバム未収録だったこともあり茅原実里ホールライブツアーKey for Defectionのみで6度披露されて以来、ライブで歌われることはありませんでした。

まあそういう不遇曲は他にもありますが上記の理由もあって僕としてはどうか不確定性原理を聴きたい訳です。
あと僕は元々KfD札幌に行く予定でしたが件の震災で流れてしまった上に振替公演時点では社会人1年目になっていて行けなかった歯痒い思いをしているので…。まだ生で聴けてないんですよね。


理由6、山本陽介さんが絡んでいる
→現在のCMBにおいて高い参加率と人気を誇るギタリスト陽ちゃんこと山本陽介さん。不確定性原理のREC時のギター演奏を担当したのは何を隠そう彼です。
Take The OffensiveツアーのMCで陽ちゃんの口から不確定性原理のRECに参加してた話を自らしておりこれは2ヶ月後に控えたサマドリでやるフラグかー!?と身構えてましたがノー原理でフィニッシュでした。
だからこそ、不確定性原理を演奏する陽ちゃんが見たいではありませんか!(現時点ではCMB発表されてないですが)※7/30追記→CMB発表されましたね。ギター陽ちゃんと馬場ちゃん。これは勝ち確ですね。

以上6つの理由から僕はサマチャンで不確定性原理が聴きたいです。

投票は6/4(月)まで受け付けてますので不確定性原理に入れたくなった人は是非清き一票を!
よろしくお願いしますm(_ _)m