「最悪の場合死に至る」ネットにあふれる"牛肉の低温調理レシピ"には食中毒のリスクがある | あなたの健康が未来を左右する!!

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肉や魚などの食材にじっくり火を通す「低温調理」が人気を集めている。

 

しかし、この調理法は正しく温度管理をしなければ食中毒のリスクがある。科学ジャーナリストの松永和紀さんは「ネット上のレシピには加熱の基準を満たしていないものが散見される。牛肉の調理を誤れば、最悪の場合死に至るリスクがある」という――。(前編/全2回)

 

「内部には菌はいないから大丈夫」のウソ

 

肉は菌やウイルスによる食中毒が起こりやすく、調理法を誤ると死亡事件にもつながります。ところがその怖さが料理人や料理研究家などにもあまり理解されていないようで、問題のあるレシピが少なくありません。素人の投稿レシピはなおさらで、食の安全の専門家が信じられない事態と口を揃えます。

 

たとえば牛肉の場合、多くのレシピが「肉の内部には菌はいないので表面を加熱すれば中は生でよい」と書いています。ところが、これは大間違い。菌は時間が経つと肉の表面から中へ入り込んでゆきます。ユッケ、ローストビーフとレアステーキ、調理の違いをわかっていますか? 鶏ハムの安全な作り方は? 豚肉の低温調理は大丈夫?

 

2回にわたって肉料理のリスクとレシピの関係を解説しましょう。まずは、牛肉編です。

牛肉で主に食中毒の原因となるのは、O157などの腸管出血性大腸菌とサルモネラ属菌です。腸管出血性大腸菌は牛の腸内におり、ヒトが口にすると一定数は胃酸をかいくぐり腸管に達し、増殖して毒素を産生し激しい腹痛や下痢などをひきおこします。

 

血便やHUS(溶血性尿毒症症候群)、脳症などから死に至るケースもあります。わずかな菌の摂取が発症や重症化につながる非常に怖い細菌です。毎年、4000人近い感染者が出ています(食品を原因とするケースが多いが、人から人への感染など汚染源がわからない場合もある)。

 

牛は、腸管にサルモネラ属菌も持っています。ヒトが感染すると胃腸炎を発症し、嘔吐や腹痛、下痢などの症状に見舞われ死亡例もあります。

 

加熱は75℃で1分間以上

牛をと畜し枝肉にする際には、腸管内の菌が肉に付かないように細心の注意が払われます。しかし、付着を完璧にゼロにするのは容易ではなく、牛肉には菌が付いているという前提で調理しなければなりません。75℃1分間以上加熱すれば、さまざまな種類の微生物が大量にいたとしても不活化でき安全に食べられる、とされています。

 

同等なのは70℃3分間や63℃30分間の加熱。温度が低い場合はその温度を維持する時間を延ばす必要があります。ただし、表面の加熱殺菌だけでは足りません。肉、すなわち家畜の筋肉は、その家畜が生きている時には菌が中に入り込めません。しかし、食肉処理後は、肉の表面に付いた菌が中へ浸潤して行きます。

 

塊肉の表面にO157を接種し4℃で20時間保存した実験では、表面から10~15mmの深部で、表面菌数の1000分の1から10000分の1の菌数が検出されました。肉の保存日数が増加すると共に、肉塊内部の菌数が増加することもわかっています。

 

スーパーの肉はユッケには適さない

2011年、焼肉チェーン店のユッケにより客181人が腸管出血性大腸菌の食中毒を発症し、うち5人が亡くなりました。そこで、ユッケや牛刺し、牛タタキ、タルタルステーキなど、事業者が牛肉を生で提供する場合の規格基準が設けられました。

 

肉表面だけでなく内部の菌も想定し、菌を殺して安全に提供できるように基準は決められています。

 

規格基準は事業者が客に提供する際に守るべきルールで、家庭で守らなくても罰せられません。しかし、消費者もこの基準の根拠を知っておくと牛肉の安全な調理のポイントを理解しやすいと思います。ここで少し詳しく説明しておきましょう。

 

規格基準では、と畜後4日以内の枝肉から衛生的に切り出した肉塊を速やかに気密性のある容器包装に入れ密封し、肉塊の表面から深さ1cm以上の部分までを60℃で2分間以上加熱する方法、又はこれと同等以上の方法で加熱殺菌した後、速やかに4℃以下に冷却しなければなりません。

 

食肉店やスーパーマーケット等で売られる牛肉は、食肉処理し枝肉とされてから一定期間、冷蔵保存を行い、タンパク質の一部がアミノ酸に分解されうま味となってから切られ売られるのが普通です。そうした熟成は認めず、と畜後4日以内の枝肉を速やかに加工することで、菌の肉への浸潤を極力、防いでいるのです。

 

また、冷凍肉を材料とするのは禁止。冷凍すると細胞が壊れ、菌が入り込みやすいからです。

こうしたことを避ければ、菌が肉内部へ入り込んでいたとしても深さ1cm程度にとどまり数も多くはなく、60℃2分間以上という「75分1分間」に比べ緩い加熱条件でも肉を安全に食べられる、ということがデータに基づいて確認されています。

 

調味液に漬け込むのも禁止

微生物の専門家で生食用牛肉の規格基準策定のためのリスク評価などにも携わった山本茂貴・食品安全委員会委員長は、こう説明します。「生食肉の規格基準は、リスク評価に基づいています。と畜後4日目の牛肉は、表面から1cmの部位に多い場合には10個の腸管出血性大腸菌やサルモネラ属菌がいることがわかっています。

 

表面から1cmの部位を60℃2分間以上加熱すれば、菌数が1桁下がる、ということも科学的な実験からわかっているので、この条件をクリアすればそれより内部は菌がいない、ということになります」

 

いやはや、なんともややこしい。でもこれが、肉の安全を守る科学です。

規格基準ではほかに、刃で肉の繊維や筋を切ったり調味液に漬け込んだりするのも、菌が内部に浸潤するおそれがあるとして禁止されています。加工には専用設備が必要で、調理者も講習会受講が求められ、細かい規定が山ほどあります。だからこそ現在、店で提供されるユッケや肉たたき、タルタルステーキなどは非常に高価です。

 

(なお、牛レバーは殺菌が難しく、生での提供・販売は食品衛生法に基づき禁止されています)

家庭で、消費者がこれほど厳しい条件をクリアするのは無理。とくに、菌の浸潤が問題です。食肉店やスーパーマーケットから購入した肉がと畜後、どのように扱われたか、菌が浸潤しやすい条件にあったのかなかったのか、消費者が知るのは不可能。

 

したがって、家庭でユッケや肉タタキを作って食べるのはたいへん危険。やめましょう。

 

ローストビーフの中心部は63℃に達しなければダメ

以上のようなことを知ると、家庭でのほかの牛肉調理も、菌が肉の中に入り込んでいるかも、と考えて、より安全側に立った調理をした方がよい、ということがおわかりでしょう。ローストビーフの調理も、加熱殺菌がポイントです。

 

そもそも、巷にあふれる多くのレシピはローストビーフと肉タタキの区別ができていないようです。ローストビーフは肉タタキとは異なり、中まで火を通す料理です。

 

ただし、火を通しすぎた肉はパサパサでおいしくありません。オーブンでゆっくり加熱する伝統的なローストビーフは、外側はしっかり焼き、しかし、内側は外側に比べれば低い温度でじっくりと火を通すことで、外側の香ばしさと内側のやわらかくジューシーな肉のうま味を味わうもの。

 

内側は低温かつ殺菌できる加熱条件を満たす、という非常に高度な料理なのです。

そのため、ローストビーフも事業者が客・消費者に提供する場合については、「特定加熱食肉製品」として加熱の基準が定められています。肉の中心部は63℃に達しなければいけません。

 

肉の内部の菌数が表面に比べて少ないこと、ローストビーフの加熱はじわじわと時間をかけて温度が上昇しており菌がダメージを受けていることなども考慮し、「75℃1分間」ほどの厳しい条件は要求されていません。63℃なら瞬時でOK。同等の加熱条件は60℃で12分、58℃なら28分、55℃なら97分などと決められています。

 

「余熱で火を通す」という流行レシピは条件を満たさない

ところが、最近流行のローストビーフレシピはどうも、内部の温度が考慮されている気配がありません。

 

内閣府食品安全委員会が、ブロックの牛モモ肉(約300g、厚さ約4cm、肉の温度は15~23℃)をジッパー付き袋に入れて低温調理し肉の温度の上昇を調べる実験を行い、動画を公開しています。58℃のお湯に入れて温度を維持した場合、肉の内部温度が同じ温度まで上がるのに約100分かかりました。

 

殺菌条件を満たすにはさらに28分間の温度維持が必要です。

肉の内部の温度がこれほど上がりにくいとは、多くの人が思っていないのでは? 流行のローストビーフレシピは、塊肉をジッパー付き袋などに入れて封をし、沸騰したお湯にドボンと漬けて火を消して、その後は鍋に蓋をしてほったらかしにして余熱で火を通す、というもの。

 

湯の温度は最初100℃でも、肉を入れた後に一気に下がるのは自明で、加熱条件を満たせません。著名な料理研究家のレシピでさえ加熱時間が足りない塊肉をフライパンで表面を焼いた後にアルミホイルで包み込む余熱利用レシピも目立ちますが、肉の中心部が63℃まで上がるのは容易ではありません。

 

食品安全委員会の調査事業で、厚さ2cmの小さなステーキ肉を焼いた場合の内部の温度上昇を調べたのですが、表裏4分ずつ焼いてやっと加熱条件をクリアしました。肉の温度は上がりにくく、塊肉ならより一層、時間がかかります。フライパンで作るローストビーフレシピをインターネットで検索してみてください。

 

著名な料理研究家のレシピでさえも加熱時間がまったく足りません。そもそも、肉の温度変化に言及しないレシピは、信頼に値しないのです。加えて、多くのレシピは、焼く前に塩胡椒、オリーブオイルを入れて揉み込んだり、フォークで突き刺して中まで味を染み込ませたりしています。

 

もし表面に菌がいたら、内部への菌浸潤を促し、フォークでわざわざ中に押し込むことにもなります。内部まで加熱をしっかりすべきなのに、そんな説明は多くのレシピでありません。

 

伝統的な方法は安全、温度計購入もお勧め

では、安全なローストビーフはどのようにして作ったらよいのか? 伝統的な製法のオーブン調理は実は、温度上昇のスピードなどがよく調べられており安全です。また、低温調理器のメーカーも、科学的なデータを基に加熱温度や時間を決めたレシピを必ず添えており、そのとおりに作れば大丈夫です。

 

そのほか、肉の温度変化についてきちんと記述してある書籍などのレシピで作るのをお勧めします。鍋の湯につけて余熱を利用するなど簡単かつオリジナリティあふれるレシピを考案したいのであれば、温度計を購入し、肉に差し込んで温度が確実に加熱条件を満たしているのを確認してください。

 

料理用温度計はホームセンターなどで、1000円程度から売られています。

ただし、温度計は肉に差し込む前、必ずアルコールで消毒を。菌が付いた温度計を刺して菌を中に押し込んでしまった……というようなことがないように。

 

ハンバーグは竹串を刺して肉汁を確認

では、牛肉のレアステーキは? ステーキの提供については規格基準が定められていません。これは、ステーキではこれまでに食中毒が起きた事例がないため、と厚労省は説明しています。

 

日本食肉消費総合センターのウェブページ によれば、レアの焼き加減の場合の肉内部温度は55~65℃以下。正しく焼かれたレアステーキは生焼けではありません。必要な加熱条件を満たしています。

 

ここまで説明すると、ハンバーグや成型肉(細かな肉を添加物等も用いて固めたもの。サイコロステーキなどの名称で売られることが多い)の焼き方は、簡単な応用問題となります。

 

肉を細かく刻んだり挽いたりしたのを混ぜるこれらの料理は、肉の表面に付いていた菌が内部に入り込んでいる可能性があります。こねたり丸めたりしている間に菌が増殖するおそれも。菌数は、塊肉に浸潤した数と比較にならないくらい多いかもしれず、中まで75℃1分間以上の加熱が鉄則です。

 

食品安全委員会の調査事業によれば、加熱条件をクリアしているかどうかはハンバーグの断面の様子や焼き色からは判断できません。ハンバーグの焼き終わりは、竹串で刺して肉汁が透明になっていることを確認する、という従来通りのやり方をするのがお勧めです。

 

次回は、サラダチキンのレシピの注意点、肉の安全調理は、外見や色では区別できないことなど説明します。(後編「鶏肉・豚肉の注意点」に続く)

(記事は、所属する組織の見解ではなく、ジャーナリスト個人としての取材、見解に基づきます)