音符の数は、ド~シまでの7種類。
その7種類に、各々、シャープやフラット(専門的には、ダブルシャープなども…)があります。
シャープだと音が半音上がり(性格に例えると陽気な感じかな?)
、フラットだと音が半音下がります。(陰気と言うか、少しだけガビーン!って感じかな?)(笑)
一方、人間の種類は、大きく分けて、2種類。
ご存知の通り、
普通の人あり、
陽気、陰気あり、
前向き後ろ向きありなどの、性格や気分がありますね。
スコア(総譜)の音符と、地球上の人類を比べると、非常に似てるとおもうのです。
非常に種類が少ないのに(ド~シや男と女)、出来上がってる事は、無限大で、何一つ、似てるものはたとえあっても、同じものはない。
それに、その小さい単位である音符も人間も、何一つ、無駄が無いだけにとどまらず、その一つが無かったら、崩れてしまいます。
そう言うモノなんです。
だけど、最近、この『当たり前』を、わざと一つだけないモノにしたり、そこまで悪意は無くても、気がつかなくて、ナイガシロにしてる場合がありますね。(私もいつもそうで、反省してます。)
映画でも、もちろん音楽でも、そして、我々が絶えず向き合っている自分自身の人生にでも、誰も気がつかない路地の花的な小さな事に、旨味が凝縮されてたり、救いがあったり、二度と忘れられない感動に繋がったりしてると思うのです。
大切なのは、まず
『気付き』、
『忘れず』、そして
『愛する』事だと思います。
そうしたら、楽しいかも…。
作家の村上春樹さんもご自身の著書『1Q84』の中で、
主人公の天吾に年上の彼女が、某ジャズアルバムのクラリネット奏者の卓越した技術について、音楽を聴きながら、彼女の方法で天吾にレクチャーする場面があります。
是非、感じて欲しいので、書きます。
バーニー・ビガードってジャズクラリネット奏者の話です。
(前略)
しかし、そのレコードに収められたクラリネットの演奏が美しいたたずまいを持ち、押しつけがましくなく、滋養と想像力に富んだものであることは、何度も聴いているうちに天吾にも少しずつ理解できるようになった。しかしそれを理解するためには、注意深く耳を澄まさなくてはならなかった。
有能なガイドも必要だった。
ただ漠然と聴いているだけでは聴き逃してしまう。
『バーニー・ビガードは天才的な二塁手のように美しくプレイする』と彼女はある時言った。
『ソロも素敵だけど、彼の美質がもっともよくあらわれるのは人の裏にまわったときの演奏なの。すごくむずかしいことを、なんでもないことのようにやってのける。その真価は注意深いリスナーにしかわからない』
(後略)
村上春樹さんの1Q84の文庫で言えば、BOOK 2 (7月~9月) の 前編の 43ページより引用しました。
(村上春樹さん、ありがとうございます。)
音符も、もちろん人間も不必要な事は、ありえません。
そして村上春樹さんは、教えてくれました。
誰も気がつかない、小さい部分に気付き、立ち止まり、注意深く耳を澄ます。
そして、それには有能なガイドも必要だった。
私は、村上春樹さんのこの文章をフレーズを、何度も何度も何度も何度も…(自分では、村上春樹さんの次に読み直してる気がする。)(笑) 読んで、考えました。
まあ、読んで考えてみましょう。
そんなこんなで、
最近分かったんですが、人生は、思ったよりも、何杯も、楽しく奥深いモノです。
それも、全て、皆さんひとりひとりの考え方次第なのです。
ちょっと長くなったので、終わります。が
ひょっとして、大切な人やモノと、何度も向き合い話をしたり、『もう観たよ(聴いたよ)』ではなく、
更に何度も見たり、聴いたりする事に、時間はかかるけど、ヒントがあるのかもしれません。
長文、失礼しました。
おー。