善光寺で、けいコングは、きちんとした『願い』を感じました。
はっ、何?
って声が、聞こえそうなので、もう少し説明いたしますと、
少し前に、けいコングは、長野県にある善光寺を参る機会に恵まれました。
善光寺を参るには、
長野駅前から、徒歩で約30分の道のりを歩かねばなりません。
最後の5分は、段々と傾斜が急になり、最後は、『ヒェー。参ったー。』とはならないまでも、頑張らねばなりません。
そして、私がお参りを済ませた帰り道には、やはり、これから参られる沢山の方と、すれ違う事になります。
リュックを背負った外国人の旅行者。
老夫婦、老夫婦、
家族連れ、楽隊風の人(笑)、老夫婦…
とにかく、お年を重ねられた人の比率が高いですね。
でも、みんな行くのです。
そこで、けいコングは見たのです。
『願い』を。
そして、更に、考えました。
何故行くのか?
そこまで、負担にはなりませんが、少なくとも、往復1時間は、歩かねばなりません。
じっとしとればいいのに、何故参られるのでしょう。
やはり、行かないよりは、行った方が、『良い事がある気がする』
やはり、行かないよりは、言った方が、病気にならない気がする。
本当に、困った事が起こった時、少しでも、良い状態になる気がする。
みんなが、今よりも、少しでも、幸せになります様に。
もしくは、今と同じ幸せが、いつまでも、続きます様に。
と『願い』を込めて、参られる気がしました。
参道に、ずっと敷かれてます、少し長い石畳も、皆の足で擦れて、ピカピカまで行かなくとも、年月を感じる程に、擦れてました。
そう。人の、願う気持ちの年月を感じました。
もちろん、自分の幸せを願うだけではありません。
連れの幸せ。
家で待ってる人の幸せ。も願うのです。
これを、米国では、ラブと言うのでしょうか?
善光寺では、やはり、ラブではなく、『願い』という、美しい光景に、私には、映りました。
人間って、素晴らしいですね。
そんな訳で、その夜の善光寺は、お十夜という行事の最終日で、日頃は見ることの出来ないモノが見れ、触れる事の出来ない人にに触れて頂いたり、人それぞれの『願い』の渦巻く中で、30分ほど、正座をして、特別なお経を聞きながら、過ごしました。
最初は、太鼓の音や、お経を唱える声に耳をすませるのですが、段々と、自分の世界に潜っていきます。
そして、又しても、願うのです。
横を見ると、仲間の人が、目をつむって、祈ってました。
何か不思議な体験でしたが、良かったです。
それでは、来るべき10月の後半戦に参りましょう。
おー。
はっ、何?
って声が、聞こえそうなので、もう少し説明いたしますと、
少し前に、けいコングは、長野県にある善光寺を参る機会に恵まれました。
善光寺を参るには、
長野駅前から、徒歩で約30分の道のりを歩かねばなりません。
最後の5分は、段々と傾斜が急になり、最後は、『ヒェー。参ったー。』とはならないまでも、頑張らねばなりません。
そして、私がお参りを済ませた帰り道には、やはり、これから参られる沢山の方と、すれ違う事になります。
リュックを背負った外国人の旅行者。
老夫婦、老夫婦、
家族連れ、楽隊風の人(笑)、老夫婦…
とにかく、お年を重ねられた人の比率が高いですね。
でも、みんな行くのです。
そこで、けいコングは見たのです。
『願い』を。
そして、更に、考えました。
何故行くのか?
そこまで、負担にはなりませんが、少なくとも、往復1時間は、歩かねばなりません。
じっとしとればいいのに、何故参られるのでしょう。
やはり、行かないよりは、行った方が、『良い事がある気がする』
やはり、行かないよりは、言った方が、病気にならない気がする。
本当に、困った事が起こった時、少しでも、良い状態になる気がする。
みんなが、今よりも、少しでも、幸せになります様に。
もしくは、今と同じ幸せが、いつまでも、続きます様に。
と『願い』を込めて、参られる気がしました。
参道に、ずっと敷かれてます、少し長い石畳も、皆の足で擦れて、ピカピカまで行かなくとも、年月を感じる程に、擦れてました。
そう。人の、願う気持ちの年月を感じました。
もちろん、自分の幸せを願うだけではありません。
連れの幸せ。
家で待ってる人の幸せ。も願うのです。
これを、米国では、ラブと言うのでしょうか?
善光寺では、やはり、ラブではなく、『願い』という、美しい光景に、私には、映りました。
人間って、素晴らしいですね。
そんな訳で、その夜の善光寺は、お十夜という行事の最終日で、日頃は見ることの出来ないモノが見れ、触れる事の出来ない人にに触れて頂いたり、人それぞれの『願い』の渦巻く中で、30分ほど、正座をして、特別なお経を聞きながら、過ごしました。
最初は、太鼓の音や、お経を唱える声に耳をすませるのですが、段々と、自分の世界に潜っていきます。
そして、又しても、願うのです。
横を見ると、仲間の人が、目をつむって、祈ってました。
何か不思議な体験でしたが、良かったです。
それでは、来るべき10月の後半戦に参りましょう。
おー。
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