昨日は、広響の第356回定期演奏会でした。
演目は、マーラーのさすらう若人の歌(トーマス・バウアーさんのソロ)と
ベートーベンの第九交響曲『合唱』(S安藤さんA藤井さんT高橋さんBトーマス・バウアーさん合唱は、ひろしま特別合唱団)
でした。
1曲目のバウアーさんは、若者の失恋した時の心情を、歌詞にゆだね、歌われてました。
イメージですが、スケールの大きい男性の様ですが、人並みに失恋経験も重ね(けいコングの勝手な想像です。)(すみません。)
、ステージの上から、お客様に、語りかけるように、音符に乗った歌詞を語り、まるで、神様のお話しを聞いているかの様でした。
(ありがとうございました。)
又、次の第九ですが、いつ演奏しても(私の人生で200回以上は演奏してる曲です。)、ある時点(150回目あたり…かな)から、必ず、感動する曲になってます。
今回も、ソリストの方の表情、合唱団の方の必死の形相や歓喜の表情、秋山さんの熱意ある視線、コンサートマスターの後ろ髪、楽団員の方の熱い目を見ていて、ぐっときました。
今、改めて思うのですが、今は、何でも簡単に、誰でも、パッパッと出来てしまう事が、優れた商品、売り筋のパッケージ、商品、食事、恋愛の出逢い方なのかもしれませんが(別に悪い事とは、言ってません。時代を象徴してるかな…)、
視点を少し変えて、
お茶の世界、邦楽の世界、余り知ってる訳ではないですが、朝から仕込む料理屋の世界、そして、私(たち)のやってる音楽(オーケストラ、吹奏楽)の世界も、同じ事を何度も何度も繰り返し行うことで、見えてくる事や、感じてくる事や、聴こえてくる事が、少しずつ増えて、ある時点から、それが、感動につながるのかな?と思いました。
それを、ファン交流会でお客様と話しながら、気がつきました。
広響のお客様は、例えば、定期演奏会で言えば、いつも来られて、一生懸命、私達と同じように(いえ、それ以上かも…)音楽に耳を傾け、応援して下さってます。(ありがとうございます。)
広響の歴史の代弁者です。
交流会でお話しをしてて、本当に、良く聴いてて下さってると、恐れ多いのですが、やはり、感動します。
(やはり、回数を重ねて、聴こえてくる事があると、信じてます。)
人は、どんなに好きで、例えば何かを凄く応援してても、ちょっとした事で、がっかりしたり、心が離れていったりする生き物だと思ってます。
出来るだけ、がっかりさせてしまう事のないように心がけ、お客様と共に、時間は限られますが秋山さんと、素晴らしい楽団員全員で音楽の感動を共有出来るように、頑張ります。
これからも、応援よろしくお願い致します。
おー。
又、今回のコンサートで現役を退かれる、パーカッションの安本さん。
本当にお疲れ様でした。
素晴らしいコンサートで、引退されて、良かったと思います。
では。