人は、神様からの温かいプログラムを与えられてます。(プログラムとは、スマホで言えば、アプリみたいなモノですかね?)

今日は、そんな事を、少し考えました。


例えば、食べる事や、寝る事。

これは、食べないと死んでしまいますが、
食べると、力も出てくるし、満腹感で幸せを感じます。
寝ないと死んでしまいますが、寝ると疲れが回復します。
(凄いですよね)

人間を造った神様が、こんな巨大なプログラムを人間に与えたとしたら、神様は、超天才的としか思えません。

そして、人々は、食べないと死んでしまいますから、現代では、『働く』という行為で、お金を得て、そのお金で食べるモノを得て、食べます。(こんな事まで考えて造ったんですね。)(凄いですよね)

もちろん、一人でも、美味しく食べれますが、二人、三人と、人数が増えれば、食事+会話で楽しさは、倍増します。(おー)


お金が存在しなかった、今よりも、ずっとずっと昔では、食事も全て自分で作ってたと思います。

少しの畑で、野菜やお米など作ってね。

そして、自分の目の届く範囲での人々と生活したり、やがては、それが『家族』って、小さな社会になったのかな?


他にも、奇跡の様な、神様のプログラムは、たくさんあります。

疲れたら眠ると治る様に、怪我(切り傷)しても、自然に治ります。(厳密には、怪我をしたら、身体から、治る物質が出てきて消毒し、固まってカサブタとなり、治ると、カサブタが取れて、元通り)(手品みたいに凄いですよね。)


又、人々は、小さな社会で生活をしてると、人を愛する様になります。

そして、結婚し、やがては、子供が生まれたりします。
凄いですよね。

そして、その子供も、生きるために、食べて、眠り、すくすくと成長します。(凄いですよね)




さて、思いっきり、
話しは変わりますが、お正月って事もあり、けいコングは、戴いた年賀状を見ていました。

そして、ある年賀状をみて『ハッ!』として、息をのんだのです。


それは、若くして病気で天国に行ってしまった友人の奥様が下さった年賀状でした。

そこには、亡くなられた友人の残した子供さんの成長した姿の写真がプリクラで貼られてました。

いつも、彼がいたら、こんな話をしたかな?とか、亡くなられても、彼のことは、良く思い出すのですが、その写真を見て、けいコングは、暫く動けませんでした。


その写真には、私が彼に出会った当時の、彼にそっくりな、彼の子供さんの成長した姿が映ってました。


神様のプログラムは、凄い!って、いつも思ってますが、この時ほど、強く思った事はありません。

だって、彼は、亡くなりはしましたが、しっかりと、そこに存在し、私に『元気かな?』って語りかけてきた様な気持ちになりましたから。



今日の、私の言う神様のプログラムの事を、『神様の思し召し』とも言います。


今年も、良いことも、沢山あると思いますが、悪いこともあるでしょう。

私はクリスチャンではないですが、もし、悪いことがあっても、やはり、『神様の思し召し』と思い、受け入れる事が大事だと思います。

神様の思し召しには、二つの側面があるからです。

お腹がすく→満腹感
疲れる→治る
悪いこと→良いことがある。かな?




皆様にとって、良い一年でありますように!

そして、素晴らしい人生を、必死で感じましょう。


おー。