1865年8月10日生まれ1936年3月21日に亡くなられた
ロシア帝国末期 及び ソビエト連邦建国期の大作曲家。
ペテルブルク音楽院の院長を1906年かが1917年まで勤め、
ペトログラード音楽院 や レニングラード音楽院の改組も
行った。
1928年にソ連を舵手津してから、二度と帰国しなかった。
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サンクトペテルブルクの富裕な出版業者の家庭に生まれる。
9歳からピアノを13歳から作曲を開始し、ロシア五人組の
バラキレフはグラズノフ青年の才能を認め、
リムスキーコルサコフに注目させた。
そして、リムスキーコルサコフは、自分は、グラズノフの
個人教師であると考えていた。
リムスキーは言った。『彼の音楽的な成長は日ごとではなく
文字通り、時間ごと進んだ』と
そして、グラズノフの交響曲第1番『スラブ風』の初演を
リムスキーは指揮した。
グラズノフが16歳の時である。
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そして、グラズノフは、国際的に賞賛を受けるようになるが、
それでも、1890年から91年まで、創作上の行き詰まりを
経験するが、その期間を抜け出すと、新たに成熟期へ進み、
1905年(40歳)にペテルブルク音楽院の院長に
選出されるまでの間、グラズノフは、想像力の頂点を極めた。
この時、最も有名な『交響曲8番』 や 『ヴァイオリン協奏曲』
を作曲している。
けいコング
も、大学の卒業演奏会でこの協奏曲を演奏した。
当時の師匠が、大好きな曲だったらしく、選曲されたのである。
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と、話せば(書けば・・・)きりが無いグラズノフさんですが、
今回の広響定期演奏会に登場する、グラズノフの
アルト・サクソフォーン協奏曲(1934年)は、
彼の最後の作品である。
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本日も、公開練習をしてます。
10時30分~16時まで、あります。
グラズノフのサックス協奏曲のソリスト合わせは、
12時45分から昼休憩で、14時頃だと推測されます。
雨が心配ですが、お越しください。
じゃ。