私達夫婦にとっての
人生を左右する重大な分岐点となった。
あらゆる状況を想定して
夫と共に冷静に判断を下していった。
「退職」を決意した。
必ず「英断」であると信じたい。
地位も、
大企業のネ-ムバリュ-も、
肩書も、
海外トップ駐在員としての特権も、
何も要らない。
夫と私
二人だけで生きていく。
仕事を盾に身の程もわきまえず
仕事一筋の夫にいとも容易ににじり寄り
1年4ヵ月もの間、勝者の陶酔に浸り
家庭の領域までに抉り入り
直接の上司ではないにも拘わらず
早朝からのメール連投、チャット、
過剰な個人的ご相談の連続、
夜間、夜中に至るまでの1対1のリモート会話の依頼、
40歳独身部下「前田百合子」の
常軌を逸した正常とは思えない
逆ハラスメント、不正行為、ストーカー行為によって
夫が35年に渡り粉骨砕身して成し遂げたキャリアに
前田の汚らわしい『泥』で
汚名を着せることは断じてさせない。
冗談じゃない
夫はとても気さくな人柄で
後輩から電話での相談に
フランクに対応することもある。
然し日常茶飯事に不適切な接触を繰り返す
前田百合子のような行為は妻の私も記憶にない。
「今迄の女性部下も
前田と同様に貴方に接するのですか?」
「いや、前田のようなやり方は初めてだ!」
『小火で終わらせるか
大火事になるかは
妻の直感と英知しだい』
辛うじて小火であったのかも知れない。
私たちはかけがえのない子供を守り
生きていかなければならない。
妻として夫へは
経験と実績を元に
いつの日か是非独立してほしいと希望した。
夫の功績を鑑みて
企業数社から「顧問」としてのご依頼を賜っていた。
吟味して検討しながら
成立するまでには数か月を要する。
如何なる場合でも
私の両親からの相続、
母から子供への相続、
そして
我々の預金には手をつけない
肝に銘じた。
家のロ-ン返済も含め
毎月発生する想定額を
正確に打ち出した。
生きる為の財源を確保するために
駐在先から持ち帰った中から
今後不必要となるものを選択した。
選択基準は
いつかもし孫娘を授かった場合
その孫娘に
「これはおばぁちゃまが昔使ったものよ」
と残せるか、或いは必要ないかを判断した。
それらは多岐にわたり
バッグ、時計、宝石、陶器、衣類 etc、、、
それらを売却して生活に充てると考えていた。
本来なら全てが思い出のもので
いつまでも手元に残しておきたいが
今はこれしか道がない。
これで良いのだ
駐在地でふざけた前田に絡まれるより
ずっと安全である。
一時の辛抱である。
正に行商である。
「人間、質屋へ行くようになったらお終い!」
何処かで読んだことがあるが
時代は移り行き
必要性が無いとする側と必須と判断する側が
相まって成立する
双方が相互利益となる互恵的な関係だ。
*シャネル・マトラッセ・ラムスキン・ベージュ色・バッグ(銀座)
*シャネル・マトラッセ・ラムスキン・ネイビーブルー色・バッグ(銀座)
*シャネル・マトラッセ・1ハンド・ブラック色・バッグ(ロンドン)
*フェンディ・バッグ(ローマ)
*ルイヴィトン・バッグ(パリ)
*ロベルタ・パーティーバッグ
*ロード・パーティーバッグ
*クリスチャン・ディオール・エナメル・トートバッグ(ロンドン)
*ローレックス腕時計(パリ)
ジェムストーン
*ブルガリのフラワーモチーフ
ネックレス・ピアス・指輪3点セット
*ペリドット・18金ゴールドの指輪・ピアスセット
*ダイヤモンド・18金ゴールドの指輪ペアセット
*アクアマリン原石・18金ゴールドの指輪
*ブルートパーズ・18金ゴールドの指輪
*18金ゴールド・ブレスレット30グラム
*アメジスト・アクアマリン・18金ゴールドの指輪・ピアスセット
*18金ゴールドのネックレス・ピアス
*ルビー・ダイヤモンドの指輪
*ダイヤモンド2カラット・プラチナのピアス
その他、
全て売却した。
それぞれが思い出の品であった。
然し私のジェムストーンは
ブランド物ではなく
自らがデザインしてオーダーメイドしたものに過ぎない。
母が愛用した本物の
ヴァンクリーフ&アーペルの
アルハンブラ20モチーフのロングネックレス・イヤリング・指輪のセット
ハリー・ウィンストンの5カラットダイヤモンド・プラチナの指輪
イタリア・「ダミアーニ」のエメラルド・ダイヤモンドのネックレス・イヤリング
スリランカ産、コ-ンフラワ-ブルー.5キャラットのサファイアとダイヤモンドの指輪
SSVI・Dカラ-ダイヤモンドブレスレット
ミキモト・カルティエetc
それらは地球が逆さになっても
手放すことは決してできない
必ず孫娘に継承したい。
我が家の経済が安定するまでの
今しばらくの堪忍である。
在るもので暮らせばよい。
前田のような40歳淫乱行けず後家に絡まれて
到底仕事とは思えない
艶めかしい声で夫の名前を連呼し
色仕掛けで疾風怒濤の如く
夫を雁字搦めにして
利用し続ける鄙婦(ひふ)の後処理など
空虚で無駄な時間でしかすぎない。
二度と我が家に接触しないでいただきたい。
『越冬すれば春が必ず来る』
夫と二人
それで幸せだった。
私はお友達の紹介で開いたSNSページがいくつかある。
夫の退社後
それら私のSNSページに
「前田百合子」なる人物からの
無言メッセージ
検索結果通知
フォローリクエスト等の
接触が続いた。
現在までに私の人生で
お出会いした方々、
お友達、
親族等に
「前田百合子」
なる同姓同名の人物は
一人もいない。
これが駐在地で夫を追い掛け回した
40歳独身女部下「前田百合子」であるのか
私には把握できない。
本人であるならば
何故私に近づくのか
これ以上私を傷付けないでほしい。
弁護士の方が紹介されている内容に
#狙った上司を最終的に
手中に収められなかった場合
仕掛けた独身女性部下は
妻に対し逆上した嫉妬心を抱き
妻のSNSを突き止め
妻に対してSNSなどで嫌がらせをする#
とあった。
表現できないほどの恐怖心に襲われ
過度なストレスが蓄積された。
私は今迄に正夢を何度か見たことがある。
夫の駐在が
そろそろ移動のタイミングで
新しい街並みと
その国の言語を話す人々の会話、
数日後に夢で見た国へ移動となった。
2016年のオリンピック開催地決定日、
明け方の夢で
南米の人々が海辺で
賑やかにカーニバルのように
踊りながら祝いあっている夢
私は夫と母に
「オリンピックは『リオデジャネイロ』に決定したでしょ!」
二人は
「また当てたね」
と、談笑したものだ。
出会ったこともない
容姿も顔も知らない
「前田百合子」の夢を
私は何度か見た。
私達が下車するバス停から
前田が一軒一軒表札を見て
ついには我が家に辿り着き
表札を確認する夢。
夜中に人間ではない白い影が
遮るにも拘らず玄関ドアから侵入し
駐在地の現地ヘッドスタッフのジェームズさんが
"Go go go! go up, run a away!!
It's Maeda!"
階段の途中で私を抱きかかえ
二階へ駆け上がり
" Don't worry, I'm here!"
然し白い影が追いつき
ジェームズさんを宙に吊り上げてしまう。
恐怖の坩堝で
私は飛び起きてしまった。
何れも必ず週末に私を苦しめる夢だ。
私は週末に呪いでもかけられているのではないかと
あり得ない思い過ごしに心を痛めている。
お庭で積んだハーブ達、
ジャーマンカモミール
ローズマリー
ミントを乾燥させた
オリジナルハーブティーで寛ぎながら
ぼんやり見ていた手相のページに
「親指第二関節の仏眼」とあり
私の両手の第二関節には
「仏眼」が深く確認できる。
それどころか
私の左右10本の指の第二関節全てに
「仏眼」がはっきりと確認できる。
多項目の説明があるが
その中に
「スピリチュアルなパワーに守られている」
とある。
駐在地で経験した理解不能な
理不尽な前田百合子の堕落行為に
苦しみ続けてきたが
夫の決断により
その苦しみの場所から解放された。
私達夫婦にとっては
初めての日本での生活であり
終の棲家での暮らしになる。
手を取り合い
ただ
穏やかに日々を過してゆきたい。
今の私には全く使えない言葉がある
・夫の名前
・気を付けてね
夫の名前は1年4ヵ月もの間
妻ではない
40歳の独身行けず後家女部下
「前田」が当たり前に
あの艶めかしい声で
夫の名前を連呼し続けていたから
気を付けてね、は
前田がたかが出張するときに
社内の全体リモート会議で
真剣な眼差しで
訴えるように
全員が聞いているリモートで
夫が前田に言っていたから。
今、
夫は退社して
私に寄り添い
全身全霊で守ってくれているのに
私にはその2つの言葉が
どうしても言えない
「アキラちゃん」
30年前から夫をそう呼んでいた
でも今、私が
名前を呼んだら
夫が前田が呼んでいると思うだろうから
そして前田の声が
私の耳に甦るから
夫が近隣に外出するときでも
「気を付けてね!」
と言いたくても
それは
夫が前田を心配して言った言葉、
どうしても、
どんなにトライしても
駐在地での精神的に辛すぎた
全ての場面を思い出してしまうから
今の私には言えない
もしかしたら永遠に不可能かもしれない。
「本当に二度とないの?
貴方が仕事と割り切っていても
相手は違うのよ
何らかの形で
前田が再び接触してきても
貴方は本当に
あの女を遮断するの?
『仕事』と言って
再び正当化しないの?
私には
こんな理不尽なことに
2度目も耐えることは
精神的に不可能なの
もし再び繰り返されるのなら
今、今日、
離婚して
私を自由にしてほしいの」
「ない、
二度とない!
前田を家庭の領域に
優先して入り込ませていた
そんな意識も全くなかった。
しかしワタシは軽率だった!
前田がワタシを十分に利用したことも
重々に把握している
『仕事』と言えば
全てを受けてしまったやり方も
断固たる『境界線』を引くべきだった。
こんなに傷つけてしまった。
これからも
傍にいさせてほしい
ワタシの気持ちは
30年前と同じなんだ」
「、、、、、、、、、
、、、、、、、、、
上司が既婚者と知ったうえで
勤務時間外の夜間に、夜中に
1対1のリモート会話の依頼、
家庭の領域に
当然のように侵入し
妻がいることを承知で
艶めかしく上司の名前を連呼し、
甘えるように笑い
緊急な重要事案でないにも拘らず
前田百合子のこれまでの行為は
正気の沙汰ではないと思うわ
良識のある、分別をわきまえた
道理をわきまえた40歳とは
到底思えない。
『仕事』を前面に
盾として近づけば
貴方が対応することを
見透かして
勝者の如く
夜間に、夜中に
侵入し続けていたのよ、、、
単身で駐在されている既婚男性の方々の
ご家族が休暇を利用して
夫の駐在地にいらっしゃり
滞在中の夜間に、夜中に
1対1のリモート会話が入り
女性部下が前田のように
気怠く夫の名前を連呼する声を聴いて
奥様は
「お疲れさまでした」
と夫に言えるかしら、、、?
夫の駐在生活に疑念を抱くはずよ
夫が仕事と正当化したら
胸が抉られるショックを受けて
心を痛めると思うわ」
「、、、、、、、、、
君の言う通りだね」
「前を向いて」
「自分を取り戻して」
と、杓子定規のように
ポジティブに
聖母マリア様のように
全てを完璧に忘れることはまだ不可能であった。
紺碧の空に突然
黒雲の峰が垂れ込めるように
フラッシュバックが私を支配し
前田百合子の艶めかしく
夫の名前を連呼する声が耳に鳴り響き
駐在地での哀しい全ての一齣一齣が
私を精神的虐待で責めさいなむ。
夫は私に寄り添い
私を全身全霊で守ることに必死であった。
「もう何も心配しなくていいから
いつも一緒だから
二人だけだから
大好きだから!」
と、繰り返す。
「再構築」とは
平坦な道のりではない。
私たち夫婦に
「再構築」という言葉は当て嵌めたくない
「崩壊」したのではないから。
今は自分自身を追い詰めたくない。
「美しいもの」を見て
「美しい」と、思える自分でいたい。
多忙な我が子から届くラインが
何よりの楽しみだ。
子供には事実を全て話すつもりである
隠し事をしない
それが我が家の約束だから。
父親が退社したことのみ伝えた。
繊細な子供は何かを察知しているだろう。
正直に話し
それでも必死で乗り越えようとしている
両親を見てほしい。
私の健康を常に気遣う
優しい子である。
・フラッシュバック、
・すりガラス結節の経過観察、
・毎月の経済のプレッシャー
なかなかの精神的ハードワークである。
年末待ち侘びた我が子の帰国、
親子3人で今迄と何ら変わることなく
ブルゴーニュの「ピノ・ノワール」
ロマネ・コンティ で乾杯!
団らんの至福の時を過ごした。
夫婦共に帰国の度に
逞しく余裕とオーラさえ感じる
我が子に目を細める
ただの親ばかであるが
この幸せは
前田ごときに、
そして
誰にも壊すことは出来ない。
子供は私に
先ず
「体調は大丈夫ですか?」
と確認し、現在までの経過観察について尋ねた。
その後
「全て話してね、
もう大人なのだから」
と切り出した。
私のことを本当に気遣う
血を分けた我が子の存在に
孤立無援だった駐在地での苦しみが
心を許した我が子の前で
極寒の氷河湖に一筋のオーロラが揺れるように
私の気持ちが静かに癒されていった。
子供は
父親が退職した状況に
「残念だね、、、」
ゆっくりと首を左右に振った。
前田百合子からの
1年4ヵ月に及ぶ度を越した
早朝から夜間に及ぶメール連投、
「アキラさん、、、」
" Dear Akira san..."
" Regards Yuriko "
子供は
「ストーカーだね」
そして
" Stalkers have no rules!"
冷たく言い放った。
父親がどれほど海外トップ企業戦士として
活躍してきたか
駐在地では毎週他国への出張が入り
多忙に飛び回る父親の背中を見て育った。
そんな父親を、どれ程尊敬しているか
「でも大丈夫だから、
お父さんとお母さんは
今迄と何も変わらないから」
と説明した。
2024年6月初め、
妻の私が初めて
40歳独身女部下「前田百合子」の存在を知り
前田の常識から外れた
逸脱行為の連続に到底受け入れられない思いと
夫に対しての今迄に想像だにしなかった
極限の不安・不信感・恐怖心
それらに苦しみ続け
謬見を含め
心が壊れかかった私を、
崩壊寸前まで追い詰められた夫婦関係を、
夫は精一杯の
及ぶ限りの誠意と愛情で
私を守り支えてきたのだと思う。
我が子の帰国で
夫自身も心行くまで安堵し
今迄と何ら変わらぬ「家族団欒」の時間に
ワインのピッチも進み
久しぶりのおいしいワインの海に溺れ
味わいの余韻に酔いしれて
ベッドに伸びてしまっていた。
ドアが勢いよく開き、
夫が静かに入ってきた。
子供が全て把握したと理解したのか
夫が子供へ話し始めた
「お母さんを傷付けた
これからもこうして家族で生きていきたいし
お母さんを守るから」
「、、、、、、、、、
よろしくお願いします
、、、、、、、、、」
傷付いているのだ。
お父さんが変わらずに大好きなのだ。
駐在地での悪夢は二度と経験したくない
その為の『誓約書』を
弁護士の方が紹介されている内容を参考に
日本文と英分で作成し
夫、子供、私、三者の拇印を添えて
3部それぞれが保管することとした。
そして夫が駐在地で使用した
業務用、個人用のメールアドレスを遮断した。
一緒にいれることに感謝をした。
細やかでいい、、、
幸せになりたいのだ、、、
『越冬すれば春は必ず来る』
厳しい寒さ(つらい時期・苦難)を乗り越えたならば
暖かな春(希望・幸せ・成功)は
もう目の前まで来ている。
耐え抜けば、必ず報われる時が来る。
" If Winter comes, can Spring be far behind?"
家族団欒のニューイヤーホリデーも
時間が倍速で進むように
子供のフライト日を迎えた。
何度体験しても
異国へ旅立ってしまう
我が子を見送るのは
とても辛い。
殊に今回はまだ
ボロボロの精神状態の私には
子供と離れることは
体の一部をもぎ取られるほどに
淋しく辛かった。
いつも最小限に手荷物を抑えるのだが
今回は私が用意しておいたメルセデス・ベンツの
機内持ち込みキャリーに
早朝から用意した
ちらし寿司、一口サイズにスライスしたステーキ&ベジタブル、
子供が大好きな
シソの葉に千切りのジャガイモ・パプリカ・人参を巻いた
牛肉の巻き巻き、
そしてスーツケースの一番下には
これも、子供が大好きな
ロンドン・プレスタットの40㎝サイズのボックス
『ジュエリー・コレクション』のチョコレートをそっと添えた。
他にもぎっしりになったスーツケースとキャリーを
何も言わず引きずるようにして
車に夫と二人持ち上げて収めた。
車の中で子供は
ずっと私の手を握ってくれていた。
「無理しないでね!」
こちらがいつも子供へ伝える言葉だ。
「大丈夫よ、ありがとう」
次に会えるのはいつだろうか?
お互いに元気で過ごすことを約束した。
2025年10月
2年間変化が見られない為
10か月ぶりのCT 検査。
駐在地で受けた突然の心が砕けるような衝撃から
壮絶なフラッシュバック・ストレスに
苦しみ続けた10か月であった。
すりガラス結節定期健診で
主治医の診察室に入り
CT 検査の結果、
ドクターは
「手術です」
「、、、、、、、、、」
「8ミリと少し肥大しました
そして白い充実部分が確認できます」
「、、、、、、、、、」
「手遅れにならない為に手術をしましょう!」
「、、、、、、、、、
、、、、、、、、、
先生、私はまだ死ねません
やらなければならないことが
沢山あります」
手術だけは避けたかった。
今迄病気とは無縁だった。
出産以外、入院経験もない。
体にメスが入ることだけには抵抗があった。
「執刀医は先生ですか?」
主治医は大きく頷かれた。
「全て先生にお任せいたします」
頑張ってきたけど
必死で我慢してきたけど
気持ちでは頑張れても
「もう無理」
と、体が悲鳴を上げてしまった。


