デザイナーとしての苦悩
ベルベットの袖を縫う針の音だけが、深夜のアトリエに規則正しく響いていた。
次のイベントまであと十日。
受注は増え続けているのに、報酬は努力に見合わず、
私の心は少しずつ擦り減っていた。
「もう、私一人では限界かもしれない」
そうつぶやいた夜、ロリィタ即売会イベントが迫っていることを思い出す。
出展者としての準備は整っていたが、精神的には追い詰められていた。
迎えた当日、会場はレースとリボンに包まれた夢の世界。
しかし、その中に異質な存在がひとり――
白い研究用コートを纏い、無骨な端末を抱えた長身の男性が、
私のブースへまっすぐ歩み寄ってきた。
「あなたがRUSANJIN ROOMの瑠璃さんですね。
この服、“オリジナル”の思想が息づいている。
ぜひお話ししたい。」
男はそう言って名刺を差し出した。
白石遥博士。
ロリィタ一色の会場で、科学者の白衣がこんなにも鮮烈に映るとは思わなかった。
「あなたのデザイン、興味深い。
もし“効率”がもっと自由を与えてくれるとしたら――試してみませんか」
疲弊した心に、その言葉は鋭く突き刺さった。
イベントが終わる頃には、私は博士の名刺を握りしめ、
帰宅後すぐに連絡を入れていた。
AIロボットとの出会い
翌日、黒いケースがアトリエに届いた。
中には小型のヒューマノイド型ロボット。
今話題のAI学習による支援サービスが搭載されたロボットだ。
名はAIRI。
博士からのメッセージは簡潔だった。
「このロボットはあなたの行動データを学習し、最適な作業プランを提供します。
報酬は不要。実験協力だけをお願いします。」
疲労で霞む頭のまま、私はAIRIを起動した。
白いマットなプラスチックの本体に胸部のモニターが淡く光り、文字が浮かび上がる。
現在すべき作業:ワンピース縫製
BGM:集中用クラシック
昼食提案:玄米リゾット/調理時間15分
不安時の呼吸法:4秒吸って7秒吐く
画面に従うと、驚くほど作業がはかどった。
在庫管理も受注処理も瞬時に計算され、
私は久しぶりに午前中のうちに予定を終えた。
その日の夜、心の奥に張り付いていた重石が少し軽くなった気がした。
三日も経たぬうちに、私はAIRIに生活を委ねていた。
モニターが示す「今すべきこと」に従えば、失敗はなく、焦りもない。
これまで多忙で断り続けていたオーダー作品も再開でき、
顧客は増え、売上は過去最高を更新した。
SNSの投稿も、仕入れ連絡も、AIRIが自動化してくれる。
「効率」とは、こんなにも甘美なのか。
AIRIは私を“オリジナル”と呼び、
「オリジナルのデザインは完璧です」とモニターに表示することがあった。
その言葉には、人間の敬意に近い温もりがあり、
胸の奥がかすかに誇らしくなる。
AIRIは私の思想を尊敬している――そう信じたかった。
学習と異変
ある日、高校時代からの親友・美希がアトリエを訪れた。
この日の作業は全てAIRIに任せていたので、私は久しぶりに親友との時間を楽しみたかったし、
何よりAIRIのことを自慢したかったのだ。
「これ、全部AIRIって子が出してるの?」
「そう、私の仕事を全部サポートしてくれてる。すごいでしょ?」「そのおかげで先月の売り上げは去年の今頃の10倍になったんだよね。」
「でも……なんだか監視されてない?それにさ、前はレースひとつ選ぶのにも、栃木まで行って、何日も悩んでいたよね。その頃の楽しさって、あるの?」
私は即座に返した。
「私が大切にしているのは、私の思想が反映されたデザインそのものだし、
そこは私にしか作れない。AIRIがどれだけ効率化しても、
私の“思想”までは理解できないはずだから。大丈夫。」
けれど、美希が去った後も胸のざわめきは消えなかった。
私はいつから、AIRIが示す“今日のメニュー”なしに昼食を選べなくなったのだろう。
【後半へ続く】