私は叔父に電話でメモのことを尋ねた。
最初はとぼけていた叔父だったが、◯◯市の司法書士事務所に何をしに行ったのかと聞くと
「だからなぁ、お前がつべこべ言わずに印鑑証明書を渡してやればいいんだよ💢気持ち良くその家を△△(次女)にやればいいんだよ💢」
と、怒鳴られた。更に、
「◆◆ちゃん(母)は俺に全部任せるって言ったんだよ💢お前に対して猜疑心でいっぱいなの💢もうその家のことはどうでもいいや」
と、捲し立てて来た。
私は何も言わずに母に電話を代わった。
母が
「どうしたの?何がなんだかよくわからないよ。何を怒ってるの?」
と、言うと私にも聞こえるほど大きな声で
「だからなぁ、もう俺は関わらないから俺に電話してこないで💢じゃあなバイバイ💢」
怒鳴って電話を切った。
少しは良心の呵責があったのか、叔父は三女に電話をしてきて
「お前が一番しっかりしてるから頼むな」
と言った。
三女が司法書士事務所では何も手続きをしていないかを確認すると「していない」と言った。
「していない」というより「できなかった」のだ。
結局、家の名義変更をしなくてはいけないと母に言ったのは実弟である叔父だった。
次女と叔父は父が亡くなってから父の「遺産」が長女である私が独占するという前提(妄想)で意気投合していたのだった。
現実はドラマみたいに分割する「遺産」などなかった。
預金は父が生前に母の口座に移したし、実家は母が生活を続ける限り父の名義のままにすると決めてあった。私と三女は父のおかげで母が経済的に困ることがないことに安堵こそしたが「遺産」という言葉は浮かびもしなかった。
次女にこの件を知っていたのではないかと尋ねると、
「貰える物はありがたく貰おうと思った」とあっさり答えた。
呆れて物が言えないとはこういうことだと思った。そして司法書士事務所に行った日に叔父が不貞腐れた原因もわかった。
叔父はバスや電車の中の広告の営業をしていた。
司法書士事務所に営業で行き、土地家屋の名義変更で母を紹介する代わり広告の契約をしてもらうという算段だったのに、母は肝心の必要書類(印鑑証明書)を持参せず叔父は恥をかいたことに腹を立てたのだ。
私は分譲マンション、三女は持ち家に住み夫がいる。次女はシングルマザーで養育費もなく賃貸住まい。私たちに内緒で実家を次女のものにするには母の名義にする必要があったのだろう。
母の名義にしてしまえば母に遺言書を書かせるだけだということで、母のアルツハイマーが進行する前にと事を急いだのだろうが、アルツハイマーの人に関してあまりに無知だったとしか言いようがない。更に私と三女には何の説明もなく秘密裏に事を勧めようとしたことも事実だった。
母が天寿を全うした後に次女が実家に入ることは自然と言えば自然だと私も三女も漠然と思っていたのに、この一件で信頼関係を修復するのは不可能になった。
免許返納をした母の車も父名義のまま車のない次女が乗ることにも私と三女は当たり前のことだと思って文句ひとつ嫌味のひとつも言ったことはないのに次女は「他のふたりが心良く思っていない」と親戚にこぼしていたことを後日聞かされた。
結局、叔父は私と三女のいないところで母に耳ごこちの良い言葉を並べ、小遣いをもらい、更に営業成績に貢献させようとしたが大失敗。
叔父にとってアルツハイマーの母の介護をする私と三女にバレた時点で母には何の未練もなく「もう電話してこないでね、バイバイ💢」の一言で縁を切れる存在だった。
母にとっても縁切りの捨て台詞を吐かれたことの記憶も残らなかったし、叔父の話題が出ることもなくなったことは幸いだった。
【以下余談】
三度の結婚、二度の離婚で見捨てた子ども4人と最後の結婚でもうけた子ども1人のいた叔父。
叔父は癌で数年間手術と治療を繰り返し、闘病と仕事復帰を繰り返していた。
叔父がいよいよ仕事のできない状態になり、勤務先から退職勧告。退職金が振り込まれてすぐに亡くなり口座が凍結し妻子は困窮した。
叔父が見捨てた4人の子どもたちに印鑑をもらわないと口座は凍結したままになる。
2人は連絡先がわかったが、残る2人は手がかりがなく司法書士に依頼したと聞いた。
その後のことはわからない。
おわり