『猛暑』『厳しい暑さ』『熱中症』…


独居の認知症当事者に適切にエアコンを使用し、こまめに水分補給するようテレビで呼びかけたりテロップで流してもあまり意味を成さない。


元々、あまり水分を摂らない母の夏の水分補給には苦心した。クーラーポットに麦茶を作っても飲み切らないまま古くなりお腹を壊す可能性があるので、小さいサイズのペットボトル(300ml)を冷蔵庫にストックしてあるが、勧めても大抵


『喉が渇いてない』『こんなに飲めない』


と、なかなか口にしないのだ。




アルツハイマーの診断から3〜4年経過した夏だったと思う。


いつ実家に行ってもエアコンがついていない。

網戸にして汗を流している。


「エアコンつけないと!」と、言うと


「エアコンつけるほどじゃないから大丈夫。あなたが暑いならつけていいわよ」と、汗ばんだ顔で言う。


デイのない日は朝一番でエアコンをつけるように、昼間に行かれないときはエアコンがついているか、温度計は何度になっているか電話をすることにした。


はじめの頃はエアコン=電気代がかかる、という母の世代にありがちな思い込みなのか、暑さを感じなくなったのか微妙だった。

毎年、熱中症で独居老人が亡くなるニュースに私の神経はピリピリさせられ、夏が過ぎるまでエアコンを消してしまう母に苛立つ毎日だった。



エアコンをつけたままリモコンを私が持ち帰っても、コンセントを抜く。


コンセントにカバーをして『危険!さわらないで』と貼紙をした。カバーには触れた様子がないのに消えていたので故障かと思ったがリモコンでエアコンはついた。どうやって消したのか…

なんと、室内機本体の〈応急スイッチ〉で消していた。エアコンの下にキッチンの丸椅子が置いてあったことでわかった。


〈応急スイッチ〉に✖️を描いた紙を貼ったら、翌日には仏壇に✖️の紙が移動していた。位牌に貼っていなくて良かった。


その後、夏のエアコン問題はこまめに電話をして、室温を確認しその都度ついていなければ〈応急スイッチ〉でつけるように言って『ピッ』と音が聞こえたら良しとすることにした。


しかし70代後半になると、いくら足腰が丈夫とは言っても丸椅子に乗ってスイッチを操作するのは心配になってきたので数年前からは母がデイから帰宅する前に部屋を少し低めの温度に冷やしておき、あとは母次第と割り切るようにして夕飯と一緒に出す飲み物は麦茶ではなくアクエリアスなら翌朝までに飲み切ることがわかって少し気持ちが楽になった。


そして今年の夏は27℃設定、24時間運転で過ごせた。母からエアコンの存在が消えたことで熱中症の心配がなくなるは皮肉なものだ。