母が出来なくなることにばかりに気を取られ、その度に対策すると私の負担は増えていく。


そんな中、持病がなく足腰は丈夫でトイレの問題もなかった母には身体的な介護は必要なかったのはありがたいことだった。



近所のクリニックに通院するようになり、実家とクリニックの間にある院長が運営する地域カフェを利用するようになった。


家に引きこもりがちな独居高齢者が地域で交流できるスペースでもあり、カフェ以外に様々なサークル活動に参加することができる。

責任者は元看護師の方で介護相談もできる。

ボランティアの人たちにも元看護師の方が2名いて雑談の中でアドバイスをもらえることも多い。


(※コロナ禍でカフェは人数制限で完全予約になり、殆どのサークル活動も休止中)



母と私はデイのない日を選び月に一度のちぎり絵教室と歩こう会に参加した。


ちぎり絵教室は母が説明を理解するのが難しかったが、同世代の人たちとおしゃべりしながら過ごしていると、私と2人でいるときとは違う母のイキイキとした表情を見るのが嬉しかった。


歩こう会でも認知症は母だけだったが、ボランティアの元看護師さんたちは勿論、参加者の人たちも母と歩きながらおしゃべりの相手をしてくれるので母も戸惑うことなく楽しんでいた。

回を重ねると、名前は覚えていなくても顔は覚えられるらしく集合場所に着くと自分から参加者の人たちに「あら、知らない人がいるわ」とわざとおどけた挨拶をして回っていた。


コロナ禍になる前は年に一度、地域カフェでカラオケ大会があり母も2年連続で参加し、2年連続『院長賞』をいただいた。恐らく認知症の参加者は母ひとりで、院長の計らいだと思う。

この地域カフェに出会えて母はデイサービス以外のコミュニティに参加することができた上、カフェで知り合った方たちが母の家の前を通りがてら見守りもしてもらえるようになりありがたいことだと思う。



主治医は母について、

長谷川式テストの点数が一桁になっても会話がスムーズにできていること、地域カフェのサークル活動を楽しめていること、月に一度の診察の主治医との会話の様子などから母にはかなりコミュニケーション力が残っているので本人が拒まないうちは積極的に人とふれあう機会をつくると良いとアドバイスしてくれた。



母が失っていくことばかり数えていた気がした。残っていることを母と一緒に楽しむように意識を変えるとまだまだできることもあるものだと気づいた。