新撰組黙秘録勿忘草 ~斉藤一~③
ネタバレございます。
ワタシ目線で勿忘草を語ります。一部脚色がございます事をご了承の上お読み下さい。
大人な表現が含まれます。ご注意願います。
それでもOKの方・・どうぞお進み下さいませ~。
*新撰組黙秘録勿忘草 ~斉藤一~
CV:高橋 直純
斉藤さんと二人、町に出掛けた。
斉藤さんは、不服そうな顔でブツプツと文句を言っていた。
「どうして俺が、お前を外に連れださねばならんのだ。近藤さんもどうかしている。いくらお前が日頃の務めを真面目にこなしているからといって、お前の気晴らしに付き合うのがどうして俺なんだ?」
(そんな事言われても・・)
ワタシはお団子屋さんを見つけて小走りで寄って行った。
「っ!、おい女、何処へ行く。一人で勝手な行動を取るな。黙って俺の後ろを歩け。」
ワタシはとぼとぼと、斉藤さんの後ろを歩く。
「いちいち落ち込むな、まったく扱いづらい奴だな・・・分かった好きにしろ。で、あの団子が食べたいのか。」
「・・・はい。」
「なるほど、だが生憎、俺は気が向かない・・まっ良いだろう、好きなものを選べ、俺は要らん。」
「斉藤さんもご一緒して下さい。」
「良いといったら、良いんだ。しつこい女だな。」
「でも一人では食べにくいですし・・。」
「もうっ、しつこい上に我儘な女だ。分かった、従おう。」
斉藤さんは又、ブツブツ言ってはいたが、お団子屋さんにワタシと一緒に行ってくれた。
「さぁ、どれが良いんだ。」
「それじゃ、これ二つと・・」
ワタシは嬉しくなってあれこれと注文した。
「・・・そんなに食べるのか。」
「あっ、いけませんか。」
「い、いや、構わん、好きな物を選べ。」
目の前に色とりどりなお団子を並べられた。
「頂きますっ。」
「良く食う女だな・・ほら、俺の団子も食え。遠慮するな。」
「えっ、良いんですか。」
「・・・本当に食ったな・・」
「んっ、何か言いました?」
「あっ、いやっ、何でもない。食うのは良いが唇が汚れているぞ、ほら、こっちを向け。」
斉藤さんが親指でワタシの口元に付いた汚れを取ってくれた。
かーっと顔が赤くなる。
「子供かお前は、最初に逢った時と大違いだ、まったく。」
剣術と仕事の両立で気が休まらなっただろうと斉藤さんはワタシを労った。
「・・それ程でもありません。」
「強がるな、お前が無理をしているのは、皆、承知だ。」
斉藤さんは少し笑った。
「隠していても、分かるものなのだ、そういう事は。」
そう気を張らずとも、時が流れて慣れて行くものだと。
・・・慣れるものなのだろうか・・。
ワタシの中にはまだ、怒りが残っている。両親を
囁かだけど、家族で幸せに暮らした日々を奪われた怒りが。
「だが、今はそんな事はどうでも良い。さぁもっと食え、どんどん食え。食って食って、元気になれ。」
あ・・斉藤さんは斉藤さんなりにワタシを元気づけようとしてくれているんだ。
心が暖かくなった。
「ありがとうございます。」
ワタシは感謝の言葉を発していた。
お団子屋さんを出たワタシ達は、町を歩いていた。
そこの出店で、綺麗な簪(かんざし)を見つけた。
「ん、どうした、何か気になるものでもあったか。」
「な、なんでもありません。」
「なら、どうして立ち止まった。それは何かを見ていたからであろう。言え、煩わしい事は好かん。」
「あの、簪が気になって・・」
「簪?あの店先にあるのが気に入ったのか。」
斉藤さんはその店まで歩き出す。
「女の事は良く分からん。この簪を美しいとも俺は思わんが・・まぁお前が見たいと言うのなら暫く眺めていれば良い。」
「で、でも・・」
「遠慮はするな、俺は近藤さんからお前の気晴らしに付き合えと命令を受けているのだからな。」
「命令・・ですか。」
「俺はそれに従っているだけだ。俺は此処で待っている。後は好きにしろ。」
斉藤さんは少し離れた場所で待つと言った。
「待って下さいっ、どちらが良いと思いますか。」
ワタシは二つの簪を持って聞いた。
「っ、どちらでも良いっ。お前が良いと思う方にしろ。俺には関係ない。っと・・これではいけないな・・」
「正直に言わせてもらうと、お前の右手と左手にあるものの何が違うのか、俺には良く分からん。」
視線を外して少し目の端を赤くしている斉藤さんがなんだか、可笑しくて
笑ってしまった。
「なっ、何が可笑しいっ。簪など男が見るものでは無かろうがっ。」
ムキになって答える斉藤さんが、可愛くみえた。
「あ、あの、どちらがワタシに似合うと思いますか。」
笑いながら聞いてみた。
「どちらがお前に映えるかなども俺の知った事ではないっ。どちらを付けても違和感はないのではないか。」
ワタシは簪を手に俯いた
「ああ、分かった、ひ、左だっ、左の物の方が良いと俺は思う。」
「なんだって、俺が・・」
「えっ。」
「い、いや、何でもないっ。」
ワタシは簪を元に戻し、店を出ようとすると
「買わないのか。」
「ええ。」
良く見るとなかなか高価なものだし、欲しいけど買う事は諦めたワタシ。
「俺が選んでやったのだから、買って当然だっ。お前もそのつもりだったのだろう。」
「・・・見ていただけですから。」
「これだから女は解せん。一度欲しいと思ったのなら、必ず手に入れろ。」
これが良いんだなと斉藤さんに聞かれた。
「いえ、あの、もっと見たいですし・・」
「・・好きにしろ。俺の事は気にするな。これは任務だからな、近藤さんから直々に頂いた重要な任務だ。」
「だが、しかし・・・女とは面倒臭い生き物だ・・・」
斉藤さんは腕を組み、ワタシを横目で流し見た。
その後、あちこちのお店を見て歩いたけど、結局、一番初めに見た簪に落ち着き
斉藤さんに買って頂いた。
「なんだ、先程からその簪ばかりを眺めて、それほど気に入ったのか。」
ワタシは頷いた。
「・・分からんな、お前が嬉しいと思うのならそれで良い。」
「どうだ、多少なりとも気晴らしにはなったか。」
「はい。」
「そうか、それは良かった。今日一日付き合った甲斐があったと言うものだ。」
「付き合って頂いてありがとうございました。」
「別に礼など要らん。何度も言うが俺は近藤さんの命令に従っただけだ。」
斉藤さんの少しむくれた顔が可笑しくて、ワタシは笑った。
「っ、何が可笑しい。」
「い、いえ、何も可笑しくありません。」
だめ・・もう可笑しくて仕方ない。
何故笑うと斉藤さんは不機嫌にワタシに聞く。
むくれた顔が可笑しくてなんて言える訳がない。
ワタシは何でもない、笑ってないと答えた。
「いいっ、これではまるで俺が子供のようだ、まったくお前ときたら、初めて逢った時は笑いもしなかったくせに、今では良く食い、良く笑い、忙しない変な女だ。」
斉藤さん、女は皆こんなものですよ。
貴方には解せないかもしれませんけど。
ふと、斉藤さんが足を止めた。
「良い機会だからお前に聞いておきたい事がある。お前はまだ復讐の為に、刀を振りたいと思っているのか。」
ワタシに向き直り斉藤さんは言う。
「稽古を付けて分かった、お前は本来、まっすぐで純真な人間なのだろう、あのような事がなければ一生刀など握る事などなく、普通の女として生き、こうして此処にいる事もなかったはずだ。」
「・・今ならお前はまだ戻れる。家族は甦る事はなくとも、刀など持たなくても済む普通の生活に。お前なら貰ってくれる男も多いだろう、どうだ。」
「・・お断りします。」
ワタシはまっすぐ斉藤さんを見て言った。
「なるほど、やはり気の強い女だ、だが今のお前なら分かるかもしれんな。」
「いいか・・復讐は負の連鎖を生む、俺が刀を振るうのは新撰組の為、引いては民が安心して暮らせる良い国にする為だ。だから・・お前も復讐などに心を奪われるな。」
斉藤さんの眼差しは、優しく穏やかな色を湛えていた。
ワタシの事を本当に思って言ってくれているのだろう。
「乱世にあってもお前の目は澄んでいるのだから。」
なんだその目はと斉藤さんに言われ
自分が斉藤さんの顔を見詰めていた事に気づいた。
俺がこんな事を話すのは不思議か、と聞かれた。
「あ・・いえ・・はい。」
「し、心外だなっ、この話は終わりだっ、あ・・だがお前に、もう一つ話しておかなければならない事がある。」
「なんでしょうか。」
「いつでも稽古を付けてやるつもりだったが、任務で暫く新撰組を離れなけれぱならなくなった。」
「え・・・」
「そんな顔をするな、こんな事は良くある話しだ。お前に心配されるような事ではない。」
ワタシは動揺を隠せなかった。
(斉藤さんが組を離れる・・・)
「なんだ、まるで寂しがっているように見えるぞ。」
「はい・・その通りです。」
この気持はなんだろう・・
師が側を離れる・・それだけの感情だろうか。
それよりも、もっと切ないものだった。
「ふ、不思議な事を言う奴だな、一度任務に出れば戻ってくる保障は確かにない、だが、そんな事は承知の上だ。」
「お前にそんな顔をされても、俺にはどうする事も出来ない。」
そんな顔・・・
ワタシは今、どんな顔をしているのだろう。
ただただ、胸が痛かった。
「ああもう、何なんだっ、せっかく気晴らしに付きあったと言うのに、最後にそのような顔をされては、近藤さんに顔向け出来ん。」
次の瞬間、斉藤さんはワタシを抱き締めた。
「あ・・・」
「こうしてやれば良いのか。」
不器用に抱き締める腕の中に居る事に驚く。
「まさか、お前を抱き締める日が来るとはな。」
斉藤さんは少し笑った。
「少しは気分が落ち着いたか。ん、なんだ急に黙りこんで、おかしな奴だ。」
抱き締める腕の力を強めた。
「斉藤さんまで・・ワタシの前から消えてしまうような気がして怖いんです。」
そうだ、ワタシは斉藤さんが・・・
斉藤さんを慕っているのだ。
「心配するな、俺の代わりなどいくらでもいる、新撰組の他の隊士、下女・・ここまで言ってもまだ不安なのか。」
貴方の代わりなど、おりはしません。
言葉には到底出す事は出来ないが、心が叫んでいた。
「まったくお前の考えている事は分からん。だか・・暫くこうしておこう。お前の気が済むまで・・。」
「らしくないとは分かっているが、こうしていると毎夜、敵を斬り伏せている事が少々信じられなくなってくるな。」
「なるほど・・気晴らしに出されたのは・・俺の方・・・と言う事か・・。」
斉藤さんはふっと笑った。
「近藤さん、また、余計な事を。」
そんな事は内心思っていないような口ぶりだった。
「いや、何でもない。お前は気にするな、今はじっと俺に抱かれていろ。」
耳元で囁かれた。
「俺は任務さえ果たす事が出来るのなら、自分の命など投げ打っても良いと思っている。ひょっとすると死に場所を求めているのかもしれないな。きっとその場所は冷たく暗く、お前から感じる暖かさとは無縁の場所なのだろう。」
「お前に教えているのは、お前自身を守る術だが、俺は・・・この刀で人を殺す、いつかきっとその咎(とが)を受ける日が来るはずだ。けれどそれでも俺の生きる道は此処しかない。・・・分かっている。」
ワタシは黙って斉藤さんの話しを聞いていた。
これは彼の決意なのか・・それとも・・
「少々しゃべり過ぎた。」
身体を離す斉藤。
「今の事は忘れろ。」
ワタシは首を横に振った。
「いいえ・・忘れたくありません。」
「妙な事を言う女だな。何故か悪い気は・・しないな。」
「さて、今日はもう戻ろう。近藤さんにも報告せねばなならぬ。今日の鍛錬は無しだ。お前はゆっくり休め。」
ワタシは頷いた。
日が沈みかけた京の町を屯所に向かって歩き出した。