宿屋の奥まった一室。秘めやかな衣擦れの音がする。
「このような感じで、どうでしょう」
「おお。中々似合っているではないか、ヨシヒコ」
「ダンジョーさんこそ、……美しい」
ここにメレブがいれば、「なに?なんなの?その間は。やめてよ、怖いよ」くらいのつっこみはしてくれたかもしれない。しかしここにいるのは勇者と剣士の二人だけ。宿屋から借り受けた女物の衣装に着替え、向かい合って座っている。
ヨシヒコの傍らには、やはり宿から借りたのだろう、化粧道具が一式揃っている。化粧筆を手に、ヨシヒコが身を乗り出した。ダンジョーが、気圧されたように身を引く。
「髪も変え、服も、このように着替えました」
「ああ」
「最後の仕上げに参ります。ダンジョーさん、目を閉じて下さい」
「う、うむ……」
気乗りしない態で、ダンジョーが目を閉じる。
「……」
「なぁ、ヨシヒコ……」
「…………」
「さっきから、何か生温かい風が顔に当たるのだが……って近っ! ヨシヒコ、顔が近っ!」
「美しい……。ダンジョーさん、ダンジョーさん……!」
「寄るなぁぁぁ! ヨシヒコォォォォォ! それ以上寄ると、斬るぞぉぉぉぉ!!」
障子を通して入ってくる日の光は、優しい。
「なんかさぁ、あの二人、遅くね?」
「仕方あるまい。慣れないことゆえ手間取っているのであろう」
「よし、やっぱり女子として手伝いに行く」
「やめておけ。お前が行くと、ややこしい事態がさらにややこしくなる」
「なんだよ、それ」
立ちあがりかけたムラサキが、文句を言いながらも座り直す。悟った目をしたメレブは、知らぬが仏、と呟いた。
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私、第一章からヨシダンを提唱しておりました。ヨシヒコが思いの他肉食系になりました。ダンジョーさんはいまのところ貞操を守っています。