語で小説を読んでいると、ときたま

語学的な興味をそそられるれることがあります。

中学生の頃、岩田一男の本を読んで、

Shanghai(上海)を動詞として使う

用法があるのだと知りました。

 

shanghaiを「新英和大辞典」でひくと、

「《海事》麻薬を使って[酒で酔いつぶして、暴力をもって]

船へ連れ込んで出帆し水夫にする;

誘拐する(kidnap)」などという

恐ろしい意味が載っています。

由来は「《1871》もと東洋航路の船員を

集めるためにとられた強引なやり方」から。

<固有名詞 動詞化>をヤフーで検索したところ、
コピーする=xerox  (ゼロックスする)
検索する =google(ググる)
固有名詞といっても企業名や製品名の場合は

あちこちに遍在している、見慣れたものです。

だいたいの人は理解可能な用法でしょう。

shanghaiのような意外性はありませんね。

Emmaではこんな文が出てきます。
'Poor Jane Fairfax!'―thought Emma.―'

 (…)―The kindness and protection of Mrs. Elton!

―"Jane Fairfax and Jane Fairfax."

 Heavens! 

Let me not suppose that she dares go about, 

Emma Woodhouse-ing me! (…)' (p.255)

ジェイン・フェアファクスが、

エルトン夫人からいい仕事先を見つけてあげる

と言われて、断っているのですが、

しつこく親切の押し売りをされます。

その様子を見て、エマ・ウッドハウスが

心の内で考えた内容が '  ' の中で描かれています。

" "の中はエルトン夫人のことばを模したものです。

最後の文の、meはエマ、sheはエルトン夫人、です。

直訳すると「彼女があつかましくも

私をエマ・ウッドハウスして、

歩き回るだなんて考えさせないで!」

お金持ちのエルトン夫人はうぬぼれが強く、

ほめられるのが大好きです。

貧しいジェイン・フェアファクスに親切にしているのも、

感謝されたいとか、ご親切ねとほめられたい、

といった動機からとしか思えません。

親切にしている自分をさかんに見せつけています。

そんな姿を見てうんざりした気分が

"Jane Fairfax and Jane Fairfax." に含まれています。

先の検索で

「他の人はこちらも質問 固有名詞の動詞化とは?」を見ると
固有名詞を動詞化する場合の意味として

①模倣する、同じように振舞う 

②ある特定の人物の問題行動をすること、またその批判

③場所の固有名詞で何かをする、その場所へ行く 

④その場所で乗り換え等をする 
という分類が見つかりました。

この分類にピタリと当てはまるものはなさそうです。

Mrs.Elton-ing meだと②に当てはまりそうです。

エルトン夫人の十八番「親切の押し売り」を

私(エマ・ウッドハウス)に対して行う、

という意味になります。  
 

Emma Woodhouse-ing  は

"Jane Fairfax and Jane Fairfax."から

生まれた表現だと思います。

エルトン夫人はジェイン・フェアファックスの

名前をしょっちゅう持ちだしては

自分の親切さをアピールしています。

それと同様に

「エマ・ウッドハウス、エマ・ウッドハウス」とあちこちで話題にする、

と言いたいのではないかと思います。
①同じように振る舞う、から考えると、妙です。

問題になっているのはエルトン夫人の行為なので、

エマ・ウッドハウスの行為が

問題になっているわけではありませんから。
 

例によって中野先生の訳は
「かわいそうなジェイン・フェアファックス!」とエマは思った。

「(…)あっちへ行ってもジェイン・フェアファックス、

こっちへ行ってもジェイン・フェアファックス。

冗談じゃないわ。どうかエマ・ウッドハウスが

そんな目に会いませんように!(…)」(p.64)
 

自由な訳ですが、

「あっちへ行っても」「こっちへ行っても」で

go aboutを表現しているわけですね。
 

原文に忠実な岩波文庫の工藤政志訳では後半は

「寝ても覚めてもジェーン・フェアファックス、ジェーン・フェアファックス。

まさか彼女はエマ・ウッドハウスがどうしたこうしたと

言って回ってはいないでしょうね!」

(「エマ(下)」p.49)となっています。
 

解釈に大きな違いはありません。

一般的な固有名詞の動詞化の方法からはずれているようですが、

翻訳も参考にしてEmma Woodhouse-ing meをていねいに訳すと、

「エマ・ウッドハウス、エマ・ウッドハウスと

あちこちで話題にして私を困らせる」

となるでしょう。

この人名の動詞化はもう一度出てきます。
She was nobody when he married her, 

barely the daughter of a gentleman; 

but ever since her being turned into a Churchill 

she was out-Churchilled them all in high and mighty claims:

but in herself, I assure you, she is an upstart.' (p.280)

ウェストン氏の一人息子フランクは

チャーチル家の養子となりましたが、

チャーチル夫人が厄介な人物なのです。

上の英文は、そのチャーチル夫人は

生まれもたいしたことがないのに、

チャーチル氏と結婚してからは傲慢になった、

ということを言おうとしています。
 

out-は「リーダーズ英和辞典」では

1動詞・分詞・動名詞などに付けて

(1)「外に」「外部の」「離れた」などの意味

(2)「…を超えて」「…よりすぐれて」の意、

となっています。

この場合(2)ですね。
 

工藤政司訳では
「彼が結婚したとき彼女は名もない家柄の出で、

かろうじて紳士の娘というだけのことでした。

しかし、チャーチル家の一員になってこの方、

高い身分に伴う権利を主張する点では

チャーチル家の誰にもひけを取らなくなりました。

しかし、彼女は成り上がり者に間違いありません」

(岩波文庫「エマ(下)」p.98)
中野訳では問題の箇所は

「チャーチル家の誰よりも

威張りくさった人間になったんです」(p.106)            

原文に忠実な訳も見てみたいと思って

岩波文庫を買いました。

すると、訳し方の自由度ではなく、

解釈がちくま文庫版と正反対になっている箇所を発見しました。

今回はすでに長くなったのでいつかそのうちに。

 Jane Austen, Emma, Oxford, World

 

 

 

 

 

Classics, 1971 
 中野康司訳はちくま文庫『エマ 下』
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