『海の沈黙』を見てきました。

『北の国から』等で知られる

倉本聰氏が脚本を書きました、

で済ませてはいけません。

倉本氏が生涯追い続けた、

美とは何かというテーマに挑戦した作

ということだそうです。

 ストーリーは
展覧会場で世界的な大画家田村修三(石坂浩二)の

作品の一つが贋作であると分かる。

それはかつて天才画家といわれながら、

事件を起こして人々の前から姿を消した、

津山竜次(本木雅弘)の筆になるものだった。

田村の妻安奈(小泉今日子)は

かつて津山の恋人だった。
 

黒縁メガネで逆八の字眉毛の石坂さん。

髭を生やしてちょっとゴッホのようにも

見えるカッコイイ本木さん。

夫とは仮面夫婦状態で、

昔の恋人と再会するという役どころを

年齢もそのままに抑えた演技で見せる小泉さん。

『団地のふたり』のノッチとは

だいぶ雰囲気がちがいます。

その他津山の自称番頭、

裏社会のフィクサー役に中井貴一さん、

清水美砂さん、仲村トオルさんなど

豪華かつ重量級出演陣です。
 

ここからはネタバレありで行きますが、

津山が学生時代に起こした事件は二つありました。

まず、キャンバスを買う金がないほど貧しかったので

当時の師匠の絵の上に自分の絵を描いて

高い評価を受けたこと。

それが発覚しても、

どうしても描きたいときに

ダ・ヴィンチの絵しかなかったら

自分も同じことをしただろう、

と師匠は寛大にも許します。

ところがその後、津山は

師匠の娘の背中に入れ墨を彫ろうとして逃げられ、

それには師匠もかんかんになってしまい

退学せざるを得なくなります。

人の絵を塗りつぶして自分の絵を描く、

まさに他者を否定する

芸術家のエゴイズムを地で行く所業です。

さらに塗りつぶしのテーマは後に繰り返されます。

 

バックストーリーとしてはこれだけで充分なのに、

入れ墨という常識的には

美術とは別世界の要素が入ってきます。

痛そうな映画は極力避けている

haricot rougeには

共感度ゼロの入れ墨ですが、

その意味を考えてみると
①最後に竜次が、

美術作品は権威のある人物によって評価され、

高額で売買されるが、

美はどこにでもあるのだというようなことを言います。

入れ墨は社会的な制度から自由な美

というテーマを突きつけているというか、

贋作を流通させている裏社会の象徴でもあります。
 

②入れ墨をされそうになるのが若い女性であったり、

思い切れされてしまったのが

かつていい女No1だった清水美砂さん

だったりします。

インタヴューで清水さんは

入れ墨のペインティングに6時間もかかった

とおっしゃっていました。

ご苦労なことだとは思うのですが、

ヌードのコスプレみたいな印象でした。

昔なら週刊誌などが

大騒ぎだったでしょうが、

男性中心主義、と

どこかのフェミニストが批判していそうです。

背中などに彫るためには裸になる必要があるため、

そして何より痛みという鋭い感覚を伴うため、

何か性行為の代替物のようにも感じられます。

贋作問題だけだと

単に知的なゲームになってしまうところを

入れ墨によって

身体感覚という重しがつけられました。
 

③かつて竜次の父親は漁師で彫り師だった、

と明かされます。

漁師の間で入れ墨がはやっていたのかなとも想像されますが、

確かなのは

海と入れ墨が結びつけれられているということです。

余命わずかな竜次が絵を描くシーンが出てきますが、

これ以上はないほどの激しい演技は

「芸術は爆発だ」という名言を想起させるものでした。

ついにはキャンバスに血を吐いてしまいます。

できあがったのはペインティングナイフを使った

荒い筆致の山の絵でした。

キャンバスに叩きつけられた

激情そのものといった印象です。

爆画と名付けましょう。

うまいんでしょうか。

美しいんでしょうか。

かつて村上華岳のデッサンを見て、

線の厳しさに感銘を受けた経験からすると、

技術のさえを示すなら、

印象派のような絵より

アングルの肖像画のようなものの方が

よく分かると思うのですが。

一番贋作を作るのが難しいのは

どんな絵かプロに聞いてみたいところです。

しかし、問題は贋作ではなくて、

竜次は原画を改良しようとした、

ということでしょう。

秋山登氏は、

おそらく竜次が加筆したと気づいたゴッホが

「いい絵だろう。俺が描いたんだ」

というシーンをとりあげて

「この時空を超えた夢の含蓄こそ

本作の主題でもあろうか」と書いておられます

(11月22日朝日新聞夕刊)。

hariot rougeにはそこまで読み込めませんでした。

贋作に入れ墨、

そしてオリジナルな作品でも傑作が描ける竜次。

エンターテインメント作品としては

隙のない120%のサービスというか、

盛り込みすぎで消化に時間がかかりそうです。

同じ美術の世界を舞台としながら

まったく対照的だったのは、

荻上直子監督の『まる』でした。

怪我をして、

人気現代美術家のアシスタントの職も失った男が、

何の気なしに描いた○が

SNSで拡散され、

正体不明のアーティスト「さわだ」として有名になる、

というストーリー。

贋作も入れ墨もなく、

ただの○ですからね。

シンプルの極みです。

さわだ役の堂本剛さんの脱力しきった演技は

制作中の本木さんの爆演とは好対照。

淡々とした語り口の『まる』と

スケールの大きなエンタメ作品として

こなれた語り口の『海の沈黙』。

 

『まる』の方に現代を感じました。

『海の沈黙』は

 

 

 

昭和気質の怪作という印象です。