筋だった堅いキャベツを囓るとき、

春キャベツの幸いを惜しまずにいられない。

春キャベツより少し遅れて春ドラマが消えた。

残された空虚を愛しい女優たちのイメージで埋めてみよう。

火曜日は石原さとみの『Destiny』

生見愛瑠の『くるり~誰が私と恋をした』

石橋静香『燕は戻ってこない』と

女優主演のドラマが3本ひしめいていた。

生見愛瑠は『日曜の夜くらいは』『セクシー田中さん』と

女優2番手的なポジションからプライムタイム初主演である。

記憶喪失になって、3人の男性から思いを寄せられるものの、

どちらへ進めばよいか分からないという役柄である。

最大多数の幸福感を最大にするという

トラッドな正統派女優の務めをみごとに果たしていたと思う。

『セクシー田中さん』ではちょっとコミカルな演技だったが、

本作で美人度アップ。

一方、久々の連ドラ主演ということで話題になった

石原さとみには失望しかなかった。

中途半端な美貌と中途半端な演技。

この場面では顔をするもんでしょ、

という声が聞こえてきそうだった。

まあ、本人は真剣に演じているのだろうと思うが。

宮澤エマももう少し美人だと思っていたが、

ちょっとオバさんくさく映っていたような。 

『燕は戻ってこない』で石橋静河が演じているのは

代理母という日本ではありえない存在である。

一流のバレエダンサーだった基(稲垣吾郎)と

不妊治療に失敗したその妻悠子(内田有紀)は代理母を求める。

派遣社員としてギリギリの生活をしていたリキ(石河静香)は

高額な報酬を引き換えに代理母を引き受ける、というストーリー。

リキは、2001年の小泉・竹中路線の新自由主義経済以来、

社会の下へ下へと追いつめられていった人たちの典型である。

社会の上層部にいる基は

自分の遺伝子を残したいと望んでいるが、

どうしても子供をつくることができなかった。

欠落が巡り会うはずのない3人を結びつける。

このドラマは代理母という非現実な設定から始まる

思考実験であり、

あまたのドラマとは隔絶した作品になっている。

したがって、キャストには質の高い演技が求められる。

石橋静河は映画『きもの鳥は歌える』のほか、

舞台も二三度見たことがあった。

しかし、このドラマを見て、はじめてその力を実感できた。

下層の生活感、

代理母を引き受けたのに他の男と寝てしまういい加減さ、

といったポイントは、

馬鹿にされたり、嫌悪感を抱かせたりしても不思議はないものだ。

しかし、石橋静河のリキはまた見たくなる。

その存在の重みに引力を感じてしまう。

過ちによっても汚されない品の良さがある。

対照的に、リキの友人役で出ていた

伊藤万理華には、ついついイラついてしまった。
リキはトップダンサーの遺伝子を残すことを求められる、

ごく平凡な一般人であるが、

ウィキペディアで意外なことを知った。

石河静香は4歳からクラシックバレエをはじめ、

15歳からボストン、カルガリへバレエ留学し、

コンテンポラリーダンサーとして活動していたのだとか。

黒木瞳も宝塚で踊っていただろうが、

出演者のなかに本物のダンサーがいた!

しかも一番芸術と無縁な貧乏な娘の役!

 

そこでようやく舞台で踊る石橋静河を思い出した。

『未練の幽霊と怪物 挫波/敦賀』(2021年)。

そのときプログラムを読んで、ダンスをやってた人だったんだ、

と知ったはずだったのに忘れていた。

最終回でリキが踊りまくるシーンが出てきたらおもしろい。

さらに思い返せば、石橋静河は石橋凌と原田美枝子の娘。

まさに極上の遺伝子を受け継いでいた人だった。

リキと正反対じゃん。

『燕は戻って来ない』では

内田有紀についても語らずにはいられない。

デビュー作『その時、ハートは盗まれた』(1992年)は毎週見ていた。

高校が舞台で、

内田有紀が跳び箱に手をついて大きく1回転して着地したのを

一色紗英が憧れのまなざしで見つめる、

というシーンが記憶に残っている。

スポーティブなかっこよさというのが魅力のベース。

今年3月放送のドラマ『ユーミンストーリーズ』で

『冬の終わり』が『その時、ハートは盗まれた』の

エンディングテーマだったけれど、

ドラマはビデオ化されていない、

などというセリフが出てきたのがなつかしかった。

主演ドラマは幾つもあったと思うが、

アマチュアリズムの良さと限界があった。

『キャンパスノート』(1996年)は再放送も見たが、

やはりいいドラマだったと思った。

内田有紀の魅力を活かせるドラマはいいドラマなのだ。

舞台は『新・飛龍伝』(2001年)と

『偉人たちとの夏』(2009年)の2本見たが、

演技は底が浅いと感じられた。

『燕は戻って来ない』では

夫の望む代理母出産を止めることができず、

戸惑い悩む役どころだった。

きちんと積み上げられた演技を基本に、

感情の揺れも自然に生まれていた。

そして、かけがえのない魅力は

30年前とかわりなくそこにあった。

すばらしい。

次は主演作を。