昨今はコスパだけでなく、

タイパとかいうものも重視されているそうである。

映画を早送りで見てあらすじを呑みこんでおいたりするらしい。

昔は早送りで見られる映画のビデオはそんなに多くはなく、

また高価だったりした。

技術が可能にした技法であるが、

書物に関しては、

昔から文学事典などがあらすじを教えてくれた。
しかし、本筋を離れたところに

ダイジェストでは拾えない面白い話題が見つかることもよくある。

さて今日は、

国原吉之助訳 スエトニウスの『ローマ皇帝伝 (下)』(岩波文庫)から

どうでもいいけどちょっと面白い、トピックを抜き出してみよう。

占星師たちから、

いつかは見捨てられるだろうと予言されたとき、ネロは言った。
「芸は身を助けるさ」
(…)ネロは竪琴の腕をみがくことを、

元首としては道楽でも一私人としてはやむをえぬ芸だとして、

いっそう大目に見てくれるように願ったのである。p.181

ネロはアーティストになりたがっていた皇帝だった。
反乱が起きてローマに危機が迫っていても

そそくさと善後策を講じ、その日の残りの時間は、

これまで誰も見たことのない、新しい型の水力オルガンを

案内して廻って過ごした。

一つ一つの仕組みを示し、それぞれの理論や複雑さを説明して、

「もしウィンディクスが許してくれたら、

今に私は劇場にこれらをみんな備えつけるだろう」と断言した。p.184

自分でも水力オルガンを演奏するつもりだった、

と196頁には書かれている。

水力オルガンとはどういう装置だったのだろうか。

珍しい物は他にもある。ガルバ帝は

新種の見世物、つまり象の綱渡りを催した。p.206

まさか象が綱渡りできるはずがない、

と思いながらネットで検索したら、簡単に

「タイの動物園でゾウが2足歩行や綱渡りをしていた」

という動画を見つけた。https://www.youtube.com/watch?v=4Yq4e7Ma7FM 

世界は広い。

女だって負けてはいない。

野獣狩りや剣闘士試合は、

夜間にも松明のあかりの下で行なわれ、

男同士ばかりでなく、女どうしの対決も見られた。下巻 p.312

禿頭には、ドミティアヌスもたいそう神経過敏になっていたので、

冗談にせよ嘲弄にせよ、誰かが禿げをなぶると、

侮辱と受け取っていた。

もっとも彼は友人に宛てた

『頭髪の手入れについて』という小冊子を公刊したが、

その中に友人と同時に自分をも慰めようとして、

次の言葉を挟んでいる。
「…若き日の毛髪が老いさらばえるのを、気丈に耐えるのだ。

優美より心地よきものはなく、優美よりはかなきものもないことを知れ」p.334

 

ハゲになって悲しい、という話だが、妙に格調高い。

ハゲより本気で心配せねばならないのは暗殺だった。

ドミティアヌスは暗殺されるのではと恐れていたので、

いつも散歩していた柱廊の壁に、

透明大理石をちりばめさせた。

背後で何が起こっても、

その光り輝く表面が人影を映すので

予見できると考えたのである。下巻 p.329 

「透明大理石」とはどのようなものなのだろうか?

表面がつるつるしているのは確かだろうが、

実物を見てみたいものだ。

それでも結局

すべての人から恐れられ憎まれ、

そのあげくに友人やお気に入りの解放奴隷、

それに妻も加わった陰謀によって、

暗殺されたのである。p.327

スエトニウスは、私もだが、

間接税を悪い税金と考えていたようだ。

カリグラは、前代未聞の間接税を、

初めのころ、徴税請負人を使って取り立てていたが、

やがて税収入が多くなったので

護衛隊の百人隊長や副官まで動員した。

なにしろ税が少しでも課されないような物や人は、

一切存在しなかったのであるから。p.55

なんと、間接税の創始者が暴君カリグラだったとは。

税率が上げられそうになったら、

暴君の税金を上げるのか、と言ってやろう。

ウェシパシアヌスが

非難されて正当である唯一の欠点というのは、

金銭欲である。

ガルバの下で廃止されていた間接税を

再び復活させたばかりか、

新に重税を課し、属州に貢税の額を殖やし、

ある属州では倍増した。p.283

最後にちょっといい話を。

モーツァルトのオペラ『皇帝ティーとの慈悲』で

おなじみのティトス帝については、スエトニウスも

「生まれつき極めて情け深いひとであった」(p. 301)と書いている。

 またあるとき晩餐の席で、一日中誰にもまったく、

何も与えなかったことを思い出し、

あの記憶と賞賛に値する名文句を吐いたのである。
 「諸君、私は一日を無駄にしてしまった」p.301

岸田さん、あなたが一日の終わりに考えることは何ですか? 

 

 

 

こんなマインドの大統領や総理大臣がいるだろうか。