かの蓮實重彦氏は

今では映画を撮ろうとする人が多すぎるくらいだ、

と何かに書いていました。

山田洋次さんが助監督だったとき、

7人くらいいた同期の助監督のうち一人だけが

監督になれるというシステムだったそうです。

まあそんな時代とは隔世の感があります。

 

映画好きは、あまたある映画の中から

映画館が選んで上映する映画のどれかを見て、

フォローしたくなる新人監督を見つけようとします。

映画館で集めたチラシや映画館のホームページ等の

文字情報だけで判断しても、

私の場合、6~7割くらいは正解だった、という感じです。

 

今年初めて知った監督で、

次回作は絶対見に行こうと思ったのは、

高野徹さんと常間地裕さんです。

 

高野監督の「マリの話」を見たときは、

おまえはホン・サンスかーい、と言いたくなりましたが、

濱口竜介監督のコメントは

 

「四話構成の第一話こそ、

果たしてここまで同時代の他の映画作家に似ていてよいのか……

と面食らうが(それにしたって上手いと舌を巻きもする)、

話が進むにつれて映画はまったく思いがけないものへと変貌していく」

です。

 

ちなみに高野さんは

濱口監督の「ハッピーアワー」や「偶然と想像」で

助監督をされていたそうです。

第一話は
ピエール瀧演じる映画監督が偶然出会った、

マリ(成田結美)に惹かれて自分の映画に出演しないかとかける…
 

そのあたりまでは確かにデジャヴュ感。

4話全部で60分ほどの作品ですが、

短すぎることへの埋め合わせか、

出町座では8頁のパンフレットをくれました。

パソコンがあればすぐ作れそうなモノクロの簡略なものではありますが、

そこに「二十代の夏」という高野作品が紹介されていました。

第32回ベルフォール国際映画祭(フランス)で

日本映画として初めて

グランプリ&観客賞のダブル受賞をした作品(2017、42分)です。

Amazon Primeで見ました。

小説家のカズキ(戎哲史)が故郷の島で

元カノとそっくりな女性(福原舞弓)と出会います。

その女性は友人の女性(島津恵梨花)と二人で来ていて、

カズキはどちらにも気があるような態度を続け、

数日を三人で過ごす、といった内容です。

ヴァカンス映画ですし、

1対2という関係からはエリック・ロメールの

「六つの教訓話」を思い出しました。

ロメール作品では本命がいながら、

眼の前に現れた女性についふらっとする

というパターンがよくあります。

元カノとそっくりな女性と出会えば

そちらが本命かと思いますが、

そう単純には行かず、

「二十代の夏」はいかなる綾を織りなすや。

Filmarks(https://filmarks.com/movies/70650#google_vignette)

のレヴューでは

平均2.6と、けっこう厳しい意見も多いようです。

その中で「全然20代じゃないでしょう。」という意見がありました。

「二十代の夏」というタイトルは

たしかにピンボケな感じがすると思います。

20代に見えないという意見については一応調べてみました。

戎さんは1985年9月年生まれ、

福原さんは1986年6月生まれ、

島津さんは1991年12月生まれ、ついでに高野監督は1988年生まれ、です。
 

伊豆大島で2015年夏に撮影されたので、

撮影当時、戎さんは29~30歳、

福原さんは29歳、

島津さんは23歳でした。

実年齢に問題はないので、

衣裳等の問題か、

戎さんが老け顔だということなのか。

 

実はこの映画は「恋はフェリーに乗って」のタイトルで

2016年3月に完成したものの

再編集を経て、

70分から42分に短縮され、

タイトルも「二十代の恋」に変更になりました。

 

タイトルについては、

たしかに「恋はフェリーに乗って」だと

歌と踊り満載の脳天気なラブコメみたいです。

 

いろいろ調べていると、

MotionGallery:Magazine

 (https://motion-gallery.net/blog/interview-fimoshima)  で

さらに詳しく分かりました。

製作をスタートした時点では

「島の女たち」という仮題でした。
 

<当初「女性のわからなさ」を

テーマに制作が進められてきたが、

撮影・編集をつうじて

「二十代の男性の未熟さ」という

自己省察的な視点を獲得し、

より高い精度で女性を見つめ直すドラマとして成功している。>

< >内は映画評論家が書いたような文ですが、

「女性のわからなさ」と「二十代の男性の未熟さ」は

監督の考えのように読めます。

それなら「二十代」にこだわる理由が分かります。

「恋はフェリーに乗って」では

まだ女性のわからなさがテーマになっていたのでしょうか。


ここまで書いたあとで、

長い長い監督のインタビューを

「神戸映画資料館」というサイトで見つけました

( https://kobe-eiga.net/webspecial/cinemakinema/2016/11/704/ )。

高野さんには、

かつて好きになった女性に好意を伝えようとしたところ

ことごとく裏目にでてしまって、

彼女が何を考えているのかまったく理解できなかった

という苦い思い出があるそうです。

「あれって何だったんだろう」と振り返ってみて、

脚本のベースにしたのだとか。

ふつう女は分からん、で終わるか、

分かりやすい女を求めるか、

何もかも忘れてしまうかでしょう。

失恋の経験を脚本に活かせるとは、

これぞ創造的進化。

監督は「恋はフェリーに乗って」というタイトルが

恥ずかしくて口に出して言えませんでした。

作家自身が言えないタイトルではまずいだろうと

タイトルを変えることにしました。

ロジエの「Blue Jeans」という作品の邦題「十代の夏」(1958)に倣って

「二十代の夏」としたそうです。

ウィキペディアではジャック・ロジエの主な短編作品として

「十代の夏」 Rentrée des classes (1954年製作- 1955年公開)と

「ブルー・ジーンズ」 Blue Jeans (1958年)があげられています。 

Rentrée des classesは「新学期」という意味なので、

いかにも十代の少年少女が出てきそうです。

ウィキペディアの方が正しいかもしれませんが、

いずれにせよ「十代の夏」というタイトルで

日本で公開された映画があったんですね。

調べれば調べるほどいろいろ分かって来ましたが、

とりあえずこのあたりで失礼します。
 

 

 


U-NEXTや YouTubeでも見られるらしいので

気になったら一度ご覧になってください。