「バレンタイン コンサート」と聞けば恋人たちのデート向きのコンサートでしょうか。プログラムの後半は『ムーンライトセレナーデ』のようなジャズの名曲、
アバとディスコそれぞれのメドレー。
音楽の趣味が違う二人でもどうにか楽しめるように、でしょう。
クラッシク専門のオケとしては思い切った工夫と譲歩の跡が見えます。
でも私がチケットを買ったのは、
椎名朋美さんがフルートを吹く『ハンガリー田園幻想曲』を聴くためでした。

いずみホールはいつもとどこか違う活気に溢れていました。
座席をスタッフに尋ねる客が妙に多いような気がします。
いずみホールに来たことがない人たちが多いのかな。

ふだんのコンサートとは異なり、司会者があり、指揮者の藤岡幸雄さんのお話がありした。
記憶に従ってその内容を書き出すと

例年、土日の昼に行っていたバレンタイン コンサートを
平日の夜にしか開けなかったので
切符の売れ行きを心配していた。
当初鈍かった売れ行きがどんどん伸びていった。
クラシックのオケとしてはやるはずのない、ABBAとDISCOメドレーは
特別に編曲を発注した。
(その口調からかなり逡巡を経ての決断だったようです)。
ジャズ・ピアニストの小川理子さんは、
イギリスのジャズ雑誌で批評家投票で一位を獲得したほどの人物であるのに、
パナソニックの社員でもある。
演奏会当日は普通は仕事を休むものなのに、
仕事を済ませてからリハーサルに来ること、
すなわちウォームアップが必要のない稀有のピアニストである。

後で調べると、パナソニックの役員のほか
マツダ取締役、日本オーディオ協会会長まで務められているとか、
すごすぎてピンときません。
観客のなかにはかなりパナソニックの社員が混ざっていたのかもしれません。
フォワイエには小川さん宛の華やかなお花のスタンドが発っていました。
しかし、舞台に登場した小川さんは重責を背負っている感じはまったくなくて、
ごくさわやかな空気の精のような方でした。

小川さんが演奏されたのは2曲で
まず山本健人作曲、林そよか編曲『ピアノとチェロとギターのためのラプソディー oP.1』でした。
この山本健人氏はさる会社の社長さんをされていて、
学生時代に書かれたという楽譜を見て、藤岡氏がとてもカッコイイこの曲を演奏したいと思われたとのことでした。
編曲の林そよかさんも会場にこられていましたが、
関フィルの四月の定期演奏会で林そよか作曲の『ヴァイオリン協奏曲』が演奏される予定ですね。
どんな曲でしょうか。

この曲はピアノとチェロのソロから始まるのですが、
とてもロマンチックな旋律に聴いた瞬間、魅了されました。
憧れと憂愁を抱きながら晩秋の街を彷徨っているようなイメージが浮かびました。
今どきYouTubeでかなり珍しい曲でも聞けるわけですが、これは見つかりませんでした。ぜひCD化してもらいたいですね。

当日テレビのカメラが入っていたのですが、
「エンター・ザ・ミュージック」という藤岡幸雄さんが司会をされている番組の撮影でした。BSテレ東で土曜朝8時半からの放送です。
放送日は分かりませんが、
山本健人さんの曲がもう一度聞けるかもしれません。

もう一曲はアディンセルの『ワルソーコンチェルト』でした。
『危険な月光』(1941)という映画のために「ラフマニノフのような音楽を」とリクエストされて作られた曲です。
演奏会ではめったに演奏されないものの、
フィギュアスケートでは、高橋大輔さんや伊藤みどりさんが滑った曲だそうです。
ほんの10分ほどですが、これまたじつに濃厚なロマンチック風味の曲でした。
ジャズピアニストではあってもクラシックの素養もあると見事に示されていました。

休憩の後最初の曲が『ハンガリー田園幻想曲』でした。
チケットを購入するとき、通路の後ろで見やすいH列で右端の方の席を選んだのですが、独奏者は指揮者の右なので右側は見にくくなることがあります。
しかしその夜はバッチリでした。
10倍の双眼鏡で見ると椎名朋美さんの顔が正面に見えます。
500ミリの望遠レンズがあればアップが狙えるところです。
どのように唇をマウスピースにあてているかもよく見えました。
金色のフルートでしたが、
キラキラした金色ではなく、
音量も豊かな落ち着いた、
ごく薄い紗のかかったような、
一言で言えば実にmellowなサウンドでした。
以前私がフルートを習っていた頃、
高音になるとキンキンした音になったりかすれたりしていましたが、
この聞いた音色にはどこまでも余裕がありました。
朋美さんの真剣な表情からはなぜか少女の面影が浮かんできました。
至福の時間でした。

演奏の後インタビューがありました。
考えてみるとお声を聞くのは初めてです。
椎名さんがおっしゃったのは以下の様な内容でした。

『ハンガリー田園幻想曲』は初心者が初めて手にする31曲の曲集最後の曲で、
曲の最初の部分は易しいけれど後になると難しいところもある。
有名な曲だがわりと演奏の機会が少ない。

フルートと管弦楽というとフルートコンチェルトのようなものを思い浮かべますが、
フルートとオケとの丁々発止のやりとりのようなものはなくて、
ほとんどずっとフルートは吹き続け、
オケはあくまでも伴奏という感じです。
10分ほどの曲をほとんど休みなしで、(もちろんノーミスで)
吹き続けるだけで結構たいへんそうですね。

関フィルの一員となってから9年という話も出ました。
初めて演奏会でお見かけしたときは、
こんな可愛い娘が…とうれしい衝撃をうけたことを覚えています。
名字か変わったので結婚されたんだなと推測したこと、
『ダフニスとクロエ(全曲)』の演奏終了後、指揮者が2度も椎名さんに握手を求めたこと、など思い出します。
椎名さんのフルートは楚々とした雰囲気から、
やはりフルートはお嬢様の楽器だったのだな、と納得させられます。
それも上手に吹けて当然という前提あってのものですが。

家に帰ってコンピューターでXを見ると
室内楽のコンサート活動もされているようなので、
機会があれば聴きに行きたいです。
関フィルの推しメンとして応援させてください。