長い間疑問に思っていたことが、意外なところから答えが見つかるということがあります。

マリー・ダグーの自伝『雪下のマグマ』を訳していて、ひとつ疑問なのはワルツでした。
 

1820年の冬をマリーは母と兄とともにフランクフルトで過ごします。

前年愛する父を急病で失い、喪が明けたばかりでした。

大晦日には15歳になるマリーは華やかな社交会にデビューします。

ところがマリーは母親から舞踏会でワルツを踊ることを禁じられてしまいます。

特に理由は教えてもらえず、ただ、当時のフランスのしきたりに従ってのことでした。

一回の舞踏会でコントルダンスは二,三回だけで、若い人がワルツを踊りに行ってしまうと

マリーは一人取り残されてしまいます。

 

或る日、年老いた外交官がマリーの隣に腰を下ろしに来て、パリの社交界について尋ねます。

マリーの返事が面白いというので、そのおじいちゃん外交官は「才知」を褒めてくれました。

その人が仲間の外交官にマリーのことを話したために各国の外交官がやって来て、

マリーを取り囲んでお世辞を言い、「言い寄った」

とマリーは自伝に書いています。

結局自慢になってしまうのがこの人の常なのですが、お嬢様なので大目に見てあげてください。

(以上、拙訳『雪下のマグマ』120~123頁参照)
 

男たちにちやほやされている姿を、やはり外交官だった兄に見とがめられて、

母と兄が相談の上、翌年は連れてこない方がよいということになりました。

そしてパリに戻って4月にはサクレ=クール修道院の寄宿学校に入れられてしまいます。

可哀想なマリー!

疑問なのはどうしてワルツはダメなのかということでした。

マリー自身は

「それが一つの慎重さであるにしても、それが得るものはほとんどないか、まるでないかだった」

と批判的です。

 

私のワルツのイメージはその昔カール・ベームがウィーンフィルと来日したとき、

NHK、当時の教育テレビで放送した、ウィンナワルツの演奏でした。

ベームといえば当時日本ではカラヤンと人気を二分するほどの指揮者でした。

華やかなカラヤンに対し、

きまじめで気難しそうなベームの方が、内容がある、とかドイツ音楽の正統派、というイメージで支持する人も多かったのです。放送では解説者たち?が

「ベームにどうしてワルツなんかやるんですか、と聞いた人がいたそうですよ」

「そんなこと聞いたんですか」

とちょっと馬鹿にしたような感じの返事、が印象に残っています。

ちょっと居眠りでもしようなら雷を落とされそうな、怖そうなベームのアップとウィンナワルツ、

これがセットになってワルツはベートーヴェンやブラームスに次ぐほど格調の高い音楽

というイメージが脳内に刷りこまれていったようです。

さて、先日『薔薇の騎士』セミナー(第2回)へ行って来ました。

講師は京都大学の岡田暁生(あけお)先生です。

びわ湖ホール主催のセミナーとしてはワーグナー関連のものもありましたが、

かなりアカデミックというか、ちょっとついていくのがしんどかったのですが、

岡田先生のお話は興味深いエピソード満載で、ときには旋律を歌って示されたり、

私にはとても楽しいものでした。

その中で、ワルツはオペレッタのもので、オペラはオペレッタとは違ってずっと格下に見られていた、

ということをうかがいました。

しかし、『ばらの騎士』にもワルツが使われていて、

スケベオヤジ、オックス男爵用の音楽となっています。

背景には、ワルツ=いかがわしい、というイメージがあったようです。

ただシュトラウスのワルツは当時大人気だった、レハールの単純なワルツとは異なり、

高度な音楽上のテクニックが使われていたそうです。

休憩時間に岡田先生に声をかけ、『雪下のマグマ』をお渡ししました。

どういう本か尋ねられたら、

いつものように、マリー・ダグーはリストの恋人だった人で、コジマ・ワーグナーのママです、

というしかないかなと考えていたのですが、

先生は表紙を見るなり、マリーが誰か分かってくださいました。

「この本のなかで、マリーは舞踏会でワルツを踊ってはいけませんとお母さんから禁止されていたんですよ」と申しますと、「1810年代か20年代でしょう。その頃はまだしっかり貴族社会というものが残っていましたから。3拍子ならワルツではなくてメヌエトですね」

とおっしゃいました。そうだったのか。

ベームオヤジの呪縛が解け、疑問が氷解しました。

『ばらの騎士』は3月 2日(土)と3日(日)びわ湖ホール大ホールで14時からです。
オケは京都市交響楽団ですが、

岡田先生によると、ウィーンフィルはともかくドイツのオーケストラよりうまい、そうです。

舞台での動きを理解した上での演奏になっているそうで、

ベルリンフィルなどは交響曲を演奏するとき同様に上手にきっちり演奏するけれど舞台の動きは分かってなかいのだとか。
私としては以前びわ湖ホールで見たホモキ演出の『ばらの騎士』は、

期待していた豪華で華やかでちょっと寂しい感じ、からほど遠くてちょっとガッカリしたので、

今度の公演には期待しています。
1月29日現在、まだチケットは残っているようなので、

関心のある方はお早めに。

私自身の経験からいうと、チケット代をケチってよかったと思ったことはありません。

後悔ばかりです。

 

 

 

 

 

聞き逃した公演についてはまたいつか。