10月の末頃に伊勢丹立川店で開催されたアール・ブリュットの展覧会に出かけた。
この催しは2015年から行われ今回で5回目になるということで、
今まで気づかずに今回チラシを見て初めて知ったのだが、
ひとまずその話は置いておこう。
ところでアール・ブリュットとは何か?
20世紀半ばにフランス人画家ジャン・デュビュッフェが提唱し、
それは<生(き)の芸術>ということ。
従来の西洋美術の伝統的価値観を否定したものである。
正規の美術教育を受けない人々が制作したもの。
伝統や流行などとも一切無縁。
受け手が不在であること。
作者が文化的社会的認知や賛辞にも無関心であること。
作り手の表現せずにはいられないという“やむにやまれぬ思い”
その衝動、欲求だけが“生の芸術”と呼ばれる所以かも知れない。
そこで思い出されるのは、最近ブログで取り上げた“ピカシェットの家”。
無名の芸術家として生涯を終えたレイモン・イシドールが創った家。
彼こそまさにアール・ブリュットの芸術家と呼ぶのに相応しい。
アール・ブリュットなるものの“表現せずにはいられぬ”という自己表現への激しい衝動。
何でも手に入る身の回りのモノを素材とし、自己流にアレンジするということ。
彼の場合は近所のゴミ捨て場から拾い集めた食器や瓶、我楽多などが創作活動の源となった。
そういう意味ならばこちらも同じアール・ブリュットの芸術だと言えるだろう。
イシドールより半世紀余り早生まれの郵便配達夫シュヴァルの造った“シュヴァルの理想宮”。
奇妙な形の石からインスピレーションを受け、せっせと拾い集めては何十年もかかって造りあげた。
“ピカシェットの家”と同じく、彼も石工や建築の知識は持ち合わせていなかった。
彼の没後にピカソやシュールレアリストのアンドレ・ブルトンらに称賛され
現在はフランスの重要建造物に指定され、修復も行われている。
幻視の風景ともいわれる< シュヴァルの理想宮>
だがこれらの“表現せずにはいられぬ”という衝動の裏にあるのは
目には見えぬ自身の内なる精神世界であり、それは現実からの逃避を意味する。
強迫観念を繰り返しながら驚くほど緻密に自身だけの世界を創り上げる。
頭に浮かぶ観念を次々に速記していくという自動記述法や顕微鏡的ものの見かたによって。
やがて空想や妄想の世界が現実にとって替わる時それは精神のバランスを崩す場合も。
ピカシェットの家のイシドールもそうだったし、
てんかんや統合失調症だったという説もある印象派の画家ゴッホも
幻視者という意味ではこのカテゴリーに入れられるのではないかというイギリスの評論家もいる。
日本で有名なのは何といっても裸の大将、山下清や
水玉模様の画家と言われ有名な草間彌生。
個人的にはニキ・ド・サンファルも入るのではないかと思うのだが…。
しかし草間彌生は美術工芸学校で正規の美術気教育を受けているし、
ニキ・ド・サンファルも正規の美術教育こそ受けていないが
その作品は早くからアートとして世界から高い評価を受けている。
ニキ・ド・サンファルの作品
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)
これらはそういう意味で言えばアール・ブリュットの定義からは外れるのではないか?
アウトサイダー・アートという言葉があるのを知っているだろうか。
この言葉はアール・ブリュットの概念をもっと広げたもので、
伝統的な訓練を受けていないものによる作品という点では基本的に同じだが、
プリミティブアート(原始芸術)や心霊術者の作品、幻視芸術のようなものまで含む。
何よりもアートとして扱われている(市場に流通するもの)という点がポイント。
ではこの辺で伊勢丹立川店で開催されたアール・ブリュットの展覧会の
作品を少し見てみることにしよう。
ほんの一部の作品を紹介したが、
立川市と立川市社会福祉協議会が共催ということで
出展作品は全て精神障碍者や知的障碍者の作品である。
かなり手の込んだ技法や素材を用いているものもありその事に正直驚いた。
2階正面入り口横に設けられた特設会場のカウンターでおそらく今回の主催である
アール・ブリュット立川実行委員会の人に少し話を伺ったところによれば、
各福祉施設には絵画専門の指導員がいて、その指導内容により大分絵が変るらしい。
(その中に当然使用する素材とか道具、技法なども含まれているのだろう)。
また出展作家の中には工房的なものを持ち作品を売ったり、
独自に個展を開いたりもしている作家もいると聞く。
<ピカシェットの家>を記事にした後だったため、アール・ブリュットとは何かと考えさせられた。
よろしくお願いします