朝出かける前のいつもの儀式
この日は午後に向かう予定の場所のことが念頭から離れず
いざ出陣の態勢で気合を込める。
まだ読まれていない方はぜひ①の方から御覧頂ければ幸いです→コチラ
<前回からの続き>
グロ通り(Rue Gros)43番地奥の朝市でつい買ってしまったバケット。
少々持て余しつつ小脇に抱え、さてどこで昼食を摂ろうか~。
まずは再び43番地の交差点角まで戻って。
F
グロ通り43番地の建物
見る角度によって全く雰囲気が変るのが建築物の面白さだと思う。
そういう意味では建築と彫刻とは限りなく近い。
建物を見上げれば…
屋上には物見台のような円柱形の付属部分が…
この小塔はギマール的というよりはアールヌーヴォー様式の一つでもあるようだ。
(※屋上(屋根)の部分は歴史的記念建造物に登録されている)
今度は住居表示のある玄関側へ
43番地の玄関部分
鋳鉄とガラスによるコンビネーション
上部には植物の蔓のような曲線があしらわれている。
ガラスに映る木々の緑の枝もひょっとして計算済みかと思わせられる。
交差するラ・フォンテーヌ通りから目と鼻の先にある
アガール通り(Rue Agar)の建物もこの際に覗いておくことに。
アガール通り8&10番地の建物
住居表示版や字体も曲線的なアールヌーヴォー
G
アガール通り8番地の建物
バルコニー部分のアップ
曲線的なラインに沿ってきっちりと嵌めこまれた窓
鋳鉄による手摺りのデザインにも植物的な図案が見受けられる
今度はお隣の10番地の建物へ
H
アガール通り10番地の建物の玄関部分
そういえばこの建物を見上げていたとき、ひょいと現れた老婦人が親しげに近寄ってきた。
たまたま見かけた近所の住人でこちらが旅行者と知って話かけてきたのだろう。
パリの住人は自分からなら兎も角も向こうから話かけてくることは滅多にない。
普通にフランス語全開で(当然か)殆ど詳しい内容はわからなかったが、
きっと、ギマールの建物の素晴らしさをいろいろ説明してくれたのだと思う。
人なつっこい笑顔としゃべりの中に芸術と文化に対する誇りが透けて見える気がした。
実は①も含めて御紹介したギマールの建築全て(ファサードと屋根の部分)は
1975年の条例で歴史的記念建造物に登録されていると知ったのはつい最近。
老婦人とのジェスチャーを交えての語らいは16区でもここオートイユという地域が、
庶民的な場所だと自分にとって実感するよい機会だったとも感じている。
住居表示版のある玄関上部の部分
鋳鉄のバルコニーばかりでなく、こういう部分の彫刻にも注目したい
アールヌーヴォーらしい植物的な柄の浮き彫りや周囲を取巻く柔らかな曲線など。
アガール通り8&10番地の建物を別の角度から見る
屋上部分(屋根)を見上げれば
衛星通信用のパラボラアンテナを思わせる円い部分はただの装飾なのか。
ヘリにでも乗って(高所恐怖症だった)空の上から全容を眺めてみたくなる造形。
(こちらの屋根の部分ももちろん歴史的記念建造物に登録されている)
さあ、お腹もペコペコなので、最後のギマール館を訪れる前に昼食を摂っておこう。
ギマール館のあるモザール大通りの方へ移動しながらカフェを物色する。
メニューの看板や張り紙を見ると、16区にしては意外と手頃な値段の店が多いようだ。
やはりパッシー寄りではなくオートイユ地区だからだろうか。
結局モザール大通り沿いでよさそうな感じの店をみつけて小さなテラス席に腰掛ける。
前菜は抜きでメイン&デザートのランチコースを頼む。
まるでフランス人モデルのようなイケメンの若いムッシュウが運んできてくれた。
写真を撮らせてもらえばよかったのだけどね。
これはメインで後にデザートがついて19€
飲み物はただの水道水を注文(持ってきてもらう)
ミネラルウォーターを頼むと高いしそんなに不味くはないと私は思うので 。
メインの<野菜サラダ>
見て頂いてわかるように名前からは想像もできないほどのボリューム。
大皿にはフランスパンも付いているのに籠にも同じように付いてくる。
さてはWフランスパンでこちらの食欲を満足させる目的?
嬉しい悲鳴を1人で堪えつつ挑戦し、サラダ菜を2枚残す以外は完食する。
お腹いっぱい~。
ああデザートがまだ来るんだった。
そして運ばれてきたのは
<イチゴのムース>
器がかわいいじゃないの~
これも写真のイメージよりも結構大きくて
旅のメモには「2人分食べた感じ」と記してある。
満足感を覚えたので私にしては気前よく0.6€の小銭をチップとして置いて行く。
(ムッシュウもイケメンだったしね)
目指すはモザール大通り(122Ave.Mozart)のギマール館へ。
先ほどのカフェからセーヌの流れに沿って通りを下っていけば割と近くのはず。
通り過ぎてしまわないように慎重に番地を確かめながら歩いていくと、
何やら白い幕で覆われた工事中とおぼしき建物を発見
も、 し 、や
隣に建つ左右の建物の番地を確かめてみるがココがその122番地で間違いはなさそう。
またしても…ギマール館よ、お前もか~
そうはいってもココまで来て写真がないのはなんとも洒落にならないので致し方なく…。
モザール通り122番地 ギマール館 <Hôtel Guimard>
1909~1912
(Googleマップの写真では現在も工事中の幕がかけられているが… )
ギマール館とは…
前回でも触れたが、若き日の代表作カステル・ベランジェ以降人気が下火となっていったギマールだが、
1909年に結婚した妻の援助で活動再開となり2人のために設計したのがこの建物である。
(すでに御紹介したアガール通りの建物もその流れでほぼ同じ頃に建てられている)
こちらも1964年に歴史的記念建造物に登録されている。
さてギマールの建築巡りはこれで最後になるが、
素朴な疑問を持たれる方もいるのではないか。
それはフランスのアールヌーヴォー建築の第一人者であるギマール、
彼が手掛けた建築はこの他にも記念碑や墓なども含めパリ市内以外にも多岐に渡り
残念ながらその多くは解体されてしまったが、
この16区にはそれでもこのように歴史的記念建造物に登録されているものも多く存在する。
それなのに何故ギマール美術館、
あるいはギマール記念館などが造られないのか?
現在、ギマールについて何某かの問い合わせをしようと思えば、
<ギマール協会>という所に聞く以外はないようだ。
この<ギマール.協会 >とは 2003年に設立された非営利団体で、
建築家でありデザイナーでもあったエクトール・ギマール(1867~1942)の業績と
アール・ヌーヴォー運動を広く知ってもらうことを目的として、
愛好家やコレクター、歴史家、建物の所有者により設立された協会です。
(以上、ギマール協会のホームページより )
https://www.lecercleguimard.fr/ja/
さあ、お腹もいっぱいになったことだし、次の予定も控えている。
今一度気合を入れ直し態勢を整えて向わねば…
もと来た坂道引き返ししばらく行くと、大きな交差点の角にメトロの入り口が見えてきた。
続 く
次回シリーズ最後(の予定)にしてこのタイトルの意味がわかる
どうかお見逃しなく~
よろしくお願いします