①マレに残る中世の面影を訪ねて。国立工芸博物館の敷地にまつわる話 | PARISから遠く離れていても…/サント・ボームの洞窟より

PARISから遠く離れていても…/サント・ボームの洞窟より

わが心の故郷であるパリを廻って触発される数々の思い。
文学、美術、映画などの芸術、最近は哲学についてのエッセイも。
たまにタイル絵付けの様子についても記していきます。

 パリという街は、観光スポットを巡るだけでなく気儘に小路を散策したりするだけでも充分楽しい。

 だがそこは時間の限られた旅人であるわが身、一刻も無駄にしまいと予め今回散策のコースの一つに選んだのがこのコース。

 題してタイトルの「マレに残る中世の面影を訪ねて」

 大分昔に芸術新潮という雑誌で特集した記事を参考に予定を立ててみた。

 以下の地図(赤線上から下へ)が今回実際に歩いたコース。

 何回になるか予想がつかないが、少しずつ書いていこうと思うのでよろしくお付き合い頂ければと思う。

 

 

        <パリ中世の美と出会う五日間>より    /芸術新潮2006年3月号

 

 

  この日はまずメトロ11号線のアール・ゼ・メティエ(Arts et Métiers)駅で下車。

  駅を降りるとすぐに見えてくるのが柵に囲われた公園のような一画。

 柵といっても入口は開いていて愛想良さ気なお兄さんが一応門番として出入りのチェックをしている様子。 他の車の誘導をしている隙にそっと中へ入って行こうとすると案の定声をかけられる。

 「ボンジュール。アナタ、ニホンジンデショウ!」}

 「ワカリマスカ?」と私が言えば、「ワハハ。ソノ帽子イイセンス。似合ウネ」と冷やかされた。

 身体でリズムを取る感じといいさすが黒人系のノリのいいフランス人!

 こんな会話は日本では絶対あり得ない。気分上々、こりゃ幸先がいいかも…。

 

 

    入ってすぐ中央あたりに銅像が…もうお分かりでしょうが

 

 

 

     ジャジャ~ン。出た! 皆様ご存知の「自由の女神像」

 

 

 

 

 

 

 「えっ?何で此処に。セーヌ川に架かるグルネル橋の袂にあるのは知ってるけど?!」

と思う方も多いはず。

 此処にある自由の女神像は

ニューヨークに贈ったあの女神像の原型となったもの

(※ちなみにパリには全部で5つの自由の女神像がある。気になる方のために答は最後によろ)

 

 

 今回、行きに空港からホテルまで頼んだ送迎車の日本人ドライバーの男性がこの前を通りかかったときにそう教えてくれた。

 で、この場所は何かというと国立技術工芸博物館(Musée des Arts et Métiers)の敷地。最初の写真で自由の女神像の右方に見える二階建ての建物がそれである。

 それでは左の三角屋根の円柱のような建物は何かといえば、12世紀前半に建てられた旧サン・マルタン・デ・シャン聖堂の建物。

 現在は工芸博物館の展示室として使われていて、実はこちらの方にも自由の女神像の16分の一サイズの原型が置かれているということだ。(この件はこれを書きながら調べていて分かった)

 残念ながら今回は時間もないし趣旨からもずれるので工芸博物館の展示の方はパスすることにしたが、事前に知っていたら聖堂の内部の自由の女神像にもちょっと会っておきたかった気もしている。

 

 さて自由の女神の件は別として…この場所に立ち寄ったのには理由があった。

 それは最初に見る予定にしていた『中世の物見塔』がこの近くにあるはずなのだが正確な場所が分からなかったので、ここの工芸博物館で聞いてみようと思ったのである。こういった種類の質問は道を歩いている人を捕まえて下手に訪ねてもはっきりとした答えは期待できないのを経験上知っていた。それよりも博物館の学芸員のような立場の人物に聞くのがいちばんと考えたのだ。

 結果としてそれらしい人物から聞き出せた情報はアバウトな↑方角だけだったものの、後は勘に任せて歩き出した。

 旧サン・マルタン・デ・シャン聖堂の建物の前を通り過ぎ建物のある敷地に沿って廻り込むように進むと、今度はまた工芸博物館とは違う感じの立派な建物の前に出た。

 

 

                国立工芸学校 ( 国立工芸院)

 1794年といフラうンス革命後の間もない時期に創設された建物(公式には1802年に開館 )

    フランス高等教育省が管轄する科学と産業の振興のための教育研究機関

          いわゆる職業的技術者資格取得のための場

 

 

 

  

           国立工芸学校の立派な正面玄関入口

 

 

 どうやら先程の工芸博物館はこちらの付属の施設だということが判明。

 さらに進むと道路に面した角に明らかに周囲の建物の構造とは異なる雰囲気のこんなものを発見。

 

 

  場所はRue Saint Martin とRue du Vertboisの角にある

 

 

 

       our du Vertbois(ヴェール・ボワの塔)  ―1140年建設

 

 これがなんとお目当ての中世の物見塔だったのである。

 現在は国立工芸学校の建物の一部として記念碑として残されているが、実は先ほどの三角屋根の旧サン・マルタン・デ・シャン聖堂の壁に囲われ1702年までは刑務所として使われていた。

 

ということは工芸博物館も工芸学校もすべての敷地と建物は

旧サン・マルタン・デ・シャン聖堂のものだったということになる

 

 どうりで工芸博物館の学芸員からアバウトに↑と手で示されたのも仕方のなかったことといえようてへぺろ

 行く前にもっと入念なる下調べをしていけば取り立てて驚くほどのことでないかもしれない。 

 でもこうして記事を書きつつ確かめながら、「ああ、そういうことだったのか!!」と納得するのも楽しいではないか。決して負け惜しみではなく。

 多少(:結構 )手間の掛かる><しい作業ではあっても、 だってもう一度PARISをさらに深く味わうことができるのだからо(ж>▽<)y ☆

  

 

 

 

 答パリにある5つの自由の女神像は?

 

 右1パリ3区 国立工芸博物館の入口入ったところ (:ニューヨークに置かれたものの原型)

   2同じく工芸博物館の旧(展示室)にある原型

   3リュクサンブール庭園内(現在のはレプリカでニューヨークに贈る準備作業のために作られたもの)

   4オルセー美術館 (3のリュクサンブールに最初置かれていた実物を後に修復したもの)

   5グルネル橋のたもと。一番有名

 

 

 

 

 

よろしくお願いします

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