PARISから遠く離れていても…

わが心の故郷であるパリを廻る数々の思いを綴ります

ふらんすへ行きたしと思えどもふらんすはあまりに遠し


せめては新しき背広をきて気ままなる旅にいでてみん…


(萩原朔太郎純情小曲集より)


現代はその気になれば、誰でも気軽に自由に飛行機に乗って海外へ旅立つことができる時代だ。


フランスやパリについて書かれた本や雑誌はたくさんあるし、SNSなどで最新情報だって簡単に手に入れることもできる。


あなたが今話題のファッション、グルメ、スポット、etc…などをお望みなら、残念ながらココをご訪問いただいても無駄に終わるかもしれない。


でも、もしあなたがフランスパリの匂い、空気、風、そして肌触りなどを味わいたければ、それに出会うことはできるかもしれない。


パリの魅力は時代や時間の枠を越えて存在する不変的なものなのだ。




ようこそ、このブログへ!!




ひとときの時間をあなたと共有できることを願って…。


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 国立新美術館で開催されているジャコメッティ展も9/4迄あと1ヵ月を切った。

 最終回になる今回は、ジャコメッティ円熟期を代表する彫刻作品の紹介をする。

 まず1956年の「ヴェネツィアの女」と、もう一つは以前のブログで見どころとして触れたチェース・マンハッタン銀行のプロジェクトに関わる3つの大作である。

 

「ヴェネツィアの女」

1956年、ジャコメッティの彫像は縮小し消滅の危機からは脱していたが、作品を完成することが難しくなっていた、つまり行き詰まりの状態にあったといえる。

(矢内原と出会い彼をモデルとして描き始めた年でもあった)

 

 

    ヴェネツィアの女 (1957) ブロンズ                 ※エンタメ特化型情報メディアスパイスより画像をお借りしました

 

カラーパレット そんな中でのヴェネツィア・ビエンナーレにおけるフランス館展示と、同年のジャコメッティ自身のスイス、ベルン美術館での大回顧展のための出品であった。

 「ヴェネツィアの女」とは、写真に写っている9点の女性立像連作の総称である。

 最初に作られたのは実は15点の石膏像であった。

 これらは全て一つの骨組みと粘土により作られた。おなじ制作の過程で気に入った形が出来上がると、ジャコメッティはその度に弟のデイェゴに石膏型をとらせたのだ。

 だから人間に例えるならば彼女たちは同じ母胎から生まれた姉妹というわけなのだ。もちろんジャコメッティがその父親ということになる。

 最終的にはそれら15点の中から9点が選ばれブロンズとして鋳造された。(ⅠからⅨのナンバーは制作順に付けられたものではない)。

 大きさはそれぞれが100cmを少し上まわるものとなっている。高さが確保されるようになった分、全体に横幅は狭く平べったい造形となっていった。

 いちばん重要なのはこれらが全てモデルなしで彼の記憶を基に作られたものであるということだ。

 ジャコメッティの理想の女性像は豊かな女性らしさの象徴ともいえるマリリン・モンローであると言われているが、、実際の作品としての女性像は正反対ともいえるのが興味深い。理想と現実は儘ならないということなのか…。

 

 

<その中から幾つか特徴的な女性立像を紹介する>

制作年代はすべて同じ1957年(石膏像としては1956年)

 

ヴェネツィアの女Ⅱ

(121.5×15.5×33cm)

 

ヴェネツィアの女Ⅵ

(133.5×15.5×33cm)

こちらもⅡと同じグループといってよい細長い彫像のヴァリーション

胴と腕が完全に一体化、

肉付けも最小限に留められている

 

 

ヴェネツィアの女Ⅳ

(116×15.5×33.5cm)

肩幅が広く胴の部分はわりとしっかりした肉付けがされている

(上のⅡ、Ⅵと比べてみると違いがわかりやすい)

妻のアネットをモデルとした彫像と類似しているということだが、

リトグラフで描かれたアネットの身体つきと比べてみても確かにそんな感じもする

 

 

 

 

チェース・マンハッタン銀行プロジェクトに向けての3つの大作

 1958年、ジャコメッティはニューヨークのチェース・マンハッタン銀行の広場のためのモニュメントを依頼された。自身の集大成となるであろう仕事として彼が選んだのは、戦後にずっと取り組んできたテーマである「女性立像」「頭部」「歩く男」の3つであった。

 彼自身かなりこの企画の実現に向けてエネルギーを注いでいたと思われる。納得のいくものにしたいという思いは強かったようで、いつものごとく作っては壊すという繰り返しの果てに何十ものヴァリエーションも創られたようだ。

 だが最初に断っておくけども、この企画は頓挫し、実現されずに終わってしまった。

 ジャコメッティ自身が結果に満足、納得できなかったという理由で。

 しかし、それは後に違うカタチでもって日の目を見ることとなった。

 より素晴らしい作品として生まれ変わり、今日20世紀を代表する彫刻家ジャコメッティの名を不動のものとするための。

 今回の展覧会の締めくくりとして紹介するには相応しいといえる作品たちだ。

 

 

 

(※これらの3作品は最後の方のOK撮影可能エリアに一つにまとまって展示されている)

↓

 

  <歩く男Ⅰ>

ジャコメッティは古代エジプト彫刻に引かれていた。

それは表現形式にも深い影響を及ぼした。

この作品には古代エジプト美術における立位ー歩行像の特徴がみられる。

常に左足を前に出し、歩きながらもかかとは地面から離さないという。

(ただしジャコメッティのは右足が前に出ている)

しかし大事なのはそういう形の一致という些細な部分にあるのではない。

今、まさに動き出そうとする像が与える緊張感の一瞬の表現なのだ

      

      (1960) ブロンズ 183×26×95.5cm

カラーパレットちょうど背の高い男性ぐらいの身長である。

 ブロンズなのに所々青っぽく見えるのは表面に緑青が施されているせいだろうか。

他の2つの大作も同じような処理がなされている。

 

         

 

 

                           ?  ?  ? 

こちらは小さいが前回のブログで紹介したいわゆる小像とは違う

                               ↓

     歩く男(1959) ブロンズ 7×8.3×1.8cm

カラーパレット一応独立した作品ではあるが、いわゆる「歩く男Ⅰ」のための

雛形、模型のようなものともいえるだろう。

広場のためのモニュメントのような大きい作品を作る場合には

、まずこうしたものを試作して全体像のイメージを掴もうとしたのであろう。

 

 

 

カラーパレット現在は「大きな女性立像Ⅱ」「大きな頭部」と共に、

マーグ財団美術館の「ジャコメッティの中庭」に設置されている。

最初1964年の美術館設立当時は、ジャコメッティが表面に彩色を加えていた。

<子供の時から、いつも彫刻を色がついたものとして思い浮かべていたというジャコメッティ。

父の知り合いが石膏で創ったという父の胸像の白い色が耐えがたく、

内緒でパレットと筆で色を塗ってしまったという逸話も残っている>

残念ながらそのカラー写真は見つけることができなかったが、歩く男Ⅰの首元には肌色っぽい色、

目、眉、鼻、口などの顔の造作の部分には黒い線がかたどられていたという。

だが年月と共にそれも色褪せて消えてしまっただろう。

ジャコメッティはそのことを承知で決して修復しないことを望んだようだが…。

因みに先ほどの展示写真で触れたように、今回出品のものには表面に緑青が施されている。

 

 

 

<大きな女性立像Ⅱ>

以前紹介した「女性立像」も含めて妻のアネットや付き合う女性によって

ジャコメッティの女性立像にも変化が生じていく。

アネットと結婚(1949年)してからは女性の胸や下腹部も膨らんで

全体も丸みを帯びていく…といったふうに。

ヴェネツィアの女シリーズ゛で試みられた様々なヴァリエーションによる変化を見せながら

最終的には最も単純化されたこの大きな女性像の造形へとへと辿り着いた。

 

  (1960) ブロンズ 276×3×158cm

カラーパレット一見ヴェネツィアの女の連作のどれかと言ってもおかしくない造形だが、

圧倒的に違うのはサイズである。

高さなんと2メートル76cm!!

(撮影した写真は今一つよく撮れず迫力も伝わらないのでこちらの図録の写真のみ)

 

 

 

その起源を辿れば以前紹介した「女=スプーン」にまで遡ることができる。

         

 

 

先ほどの歩く男Ⅰの説明にも出てきたのと同じく…

共に「大きな女性立像Ⅱ」と「大きな頭部」(下)の雛形ともいえる作品である。

           

                  左  女性立像(1959)ブロンズ 11×4×2.5cm

                  右  大きな頭部(1959)ブロンズ 8×1.3×3.2cm

 

 

 

<大きな頭部>

ディエゴがモデルになっているのは前回の記事をご覧頂いたならお分かりだと思うが、

これはジャコメッティの記憶に基づいて制作されたもの。

彫像のタイトルが物語るように頭部というものは彼には何よりも重要なものだった。

それは死者と生者を分かつ唯一のもの、生命の本質的なものが現れる

まなざしというものを宿す場所であったから。

頭部におけるまなざしの探求は1951年から1954年を中心としたディエゴの彫刻に著しく表れている。

 

 (1960) ブロンズ 95×30×30 

彫刻と向かい合う。

大きな見開かれた目が真っ直ぐコチラを見つめる。

この台座は美術館側が用意したものだろうが、高さというものが重要で

鑑賞者の目の高さと同じくらいになるように計算されているのだろう。

それはジャコメッティが自身の彫刻を見るもののまなざし

強く意識していたということを考えてのものと思われるのだが…。

 

 

1959年。ジャコメッティのアトリエでの制作風景からこの彫像が、

頭部というものがどれほど巨大なのかがよく伝わってくる。

 

 

カラーパレットギリシャ彫刻にはまなざしがない。私が眺め分析するのは物体だ。―と、ジャコメッティは言う。

「歩く男Ⅰ」ですでにジャコメッティがエジプト彫刻に引かれていたことは述べた。

線と形態の調和、完璧な技術…を持っての様式化というものに。

だがそれ以上にニュー・ヘブリディーズ諸島(※)の彫刻に引かれた。

それはまなざしを持っているから。(注※南太平・バヌアツ主要部を構成する諸島のこと)

 

そして頭部について

頭部がつくれるなら、あとのものはすべて作れる。

一つの目を写しとることができれば、頭の全体が得られるだろう。

さらに

眼の形が捕らえられれば、まなざしに似た何かが表れでるだろうとも。

 

 

 

 1965年、自身の個展のために初めてニューヨークを訪れたジャコメッティ。

モニュメント制作を断念したあのチェース・マンハッタン銀行の広場も訪れた。

新たに作品制作の意欲へと駆り立てられたが、翌年1966年に惜しくも生涯を閉じることとなった。

 

ここである仮説をどうしても立てずにはいられなくなる。

 

最初のモニュメントの企画発案が決まったときにもし現地を訪れていたとしたら、

計画は頓挫せずに実現していた可能性もあるのかもしれないと。

たとえば「ヴェネツィアの女」は記憶に基づいて創られたものだったし

、大きさについてのヴィジョンが最初からジャコメッティの中ではっきりとしていた。

 

チェース・マンハッタン銀行のモニュメントであるこの3つの彫像。

記憶によるものという点では同じであるが、

ジャコメッティは現地の広場というものを自分の目では見ていない。

図面では確認できても、モニュメントが立つ意味で重要な周りの雰囲気や空間というものを。

 

常に<見る人>であったジャコメッティだからこそ…という思いが私の中にある。

 

そんなものはみな大したことでない。

絵画も、彫刻も、デッサンも、

文章、はたまた文学も、そんなものはみな

それぞれ意味があっても

それ以上のものでない。

試みること、それが一切だ。

おお、何たる不思議のわざか。

                     (ジャコメッティ/エクリ  みすず書房刊

      ※レフェメール 創刊号1967年に掲載のジャコメッティのメモより)

 

 

 

                              

                               完了 

 

 

 クローバー後記クローバー

ジャコメッティ展が始まる少し前の6月初旬から8月半ば迄の約2ヵ月半、

梅雨の時期からお盆までの間、ジャコメッティの記事に明け暮れた。

この夏はどこにも旅行することもなくまた今後の予定もおそらくなく。

 私の心の故郷であるPARISからもしばらく遠く離れているけれど…。

 ジャコメッティと共に過ごしていると、私の心はいつもあの14区アレジアへ、

滞在先であったマダムの家へと飛んでいった。あの部屋の窓から眺めた

ジャコメッティのアトリエは今ではすっかり面影を無くしつつあるようだが、

ジャコメッティという人物は私の中で日増しに大きな存在となりつつある。

 

   「ジャコメッティ展」 国立新美術館 9/4(月)まで

               豊田市美術館 10/14(土)~12/24(日)

 

 

読者の皆様へ。

 こんな長丁場になるとは思わずに始めたこのシリーズでしたが、

最後までお付き合いいただきありがとうございました!

 

 

 

 

                                                                    ヒマワリ

 

ぜひ興味を持たれた方、また夏休みで東京へ遊びに来られる方は

展覧会へ行かれてみて下さいね !!

 

 

                            

よろしくお願いします

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