初演からずっと見て居るので、今さら言うのも面はゆいのだけれど、やはり、この作品は道義的に疑問がつきまとうのね。

 

「フランケンシュタイン」「グレイテストアーティスト」「エレファントマン」とか、異形の人に対する想像力が足りなくて、やはり見て居て辛い。

異形の人々を中心に据えて、ヒューマニズムを歌いあげ、ラストに感動を導き出す。

一応、感動を持って、エクスキューズしてはいるのだけれど、しこりは残る。結局、売りものにしているのではないか。

 今回プロローグで、エリックが仮面なしで、出てくる演出、これは少し考慮を感じました。最初の頃はクリスチーヌに素顔を見せるまで仮面取らなくて、びっくり箱開けるみたいで不快でした。さあ、怖いぞーみたいな感じで。

 

 物語自体、結構荒くて、ラストの親子のシーンが涙涙の感動シーンなだけに、エリックの出生に関わるキャリエールのエピソードは言語道断の無責任男。息子を地下に閉じ込めておくなんて、もう少し、障害を隠しておかなければならなかった時代的な説明が欲しい。

 

ストーリーが変えられないなら、翻訳とか、演出で考慮してほしい。「化け物」なんて、言わないでと、思う。

 

クリスチーヌが素顔を見たとき、あんなに大仰に驚かないで欲しい。「キャア」と叫んで、逃げていく。残酷すぎる。亡くなった後で、抱きしめても卑怯だし。あそこで、愛している風をしても、説得力はない。亡くなった時点で異形のエリックを受け入れなくって良くなるからだ。

 

クリスチーヌは逃げないでほしい。かすかに怯えるか、ひるむくらいにする。 彼女の歌に心開いて仮面を取ったのだから、クリスチーヌがひるんだ態度をとるだけでも、エリックは落胆するので、クリスチーヌは、逃げないで、傷ついたエリックが去っていく演出にして欲しい。

 クリスチーヌは楽屋に怯えた顔して現れるけど、そうではなくて、地下室で倒れているところをシャンドンたちが発見する。

こういう展開にすれば、仮面の下を見たときは、驚いただけで、本当にエリックを愛していたとはっきりとわかり、亡くなるときの彼女は彼を愛している行動だと納得できる。

 そうなれば、異形の人を見世物にした悲劇ではなくなり、本物の愛の物語となる、と、思いました。