愛する人を全く突然に失った衝撃、喪失のショック、そこいら変がもの凄く丁寧に語られている。
その心理描写、心の動き、流石に、主演女優賞を獲得するだけの相応しさはあります。ダイアンクルーガーって女優さん、乱れた金髪が素敵で、絶望から怒り、逡巡する思いなど、ダイナミックに表現していて、迫力ありました。
映像と心理描写の関連が巧みで、雨がざんざ振りだったり、法廷の乾いた感じを幾何学的模様で表現したり、、家屋団欒の海の思い出ビデオ等、見るべきものがありました。裁判劇の面白さも、弁論の応酬がスリリング。
しかし、内容は、緻密ではあるが、いわゆ復讐譚。ネオナチの差別主義者に夫と息子を殺されて、裁判では、理不尽にも、無罪判決。怒りと悲しみのあまりに犯人を爆死させようとするも、ためらい、結局もろともに、自爆する。
ストーリー自体は、お手軽なアクション映画と同じ様な展開。違うところは自爆に至る心理意描写の細かさなんだけれど、そこに、既視感がある。手首切って、自殺図るだの、裁判所で、犯人につかみ掛かるだの、激しいのだけれど、過激なのだけれど、フロイトの「大事なものを突然なくしてしまったことからくる感情、行動である、「喪の作業」grief workの典型で、絶望から攻撃へ行動が映っていく過程を、見せているにすぎなくて、なにか、物足りない。要するに、この作品に、ネオナチを生んだ社会の構造への視点が欠けているからなのではないか。ネオナチと単純化しすぎて、彼らを生んでいるグローバル化社会の構造的な問題点の計上があれば、作品がもっと、分厚くなっていったと思う。
それに日本語の題名「女は二度勝負する」(英語名はIN THE FADE)最低だけど、アクション映画として売ろうとしているのがわかるし、かえってこの映画の本質ついているのではと思った。