昨日は帰宅して、怒涛のごとく書いてしまったので、今日は、ゆっくりと、作品を振り返ってみます。
三条英さんと、才谷(龍馬)さんは、オスカルとアンドレみたいだわと、作品を思い返していて、ひらめきました。
そうなんです。才谷さんは英さんにぞっこんなのに、本人は恋愛なんて頭になく、才谷さんの思いなんて歯牙にもかけない、袴をつけた男装の麗人。剣術の腕も立ち、頭脳明晰、コム英のかっこよさと言ったらないです。
オスカルと違うところは、フェルゼンに恋するような、乙女チックなところはなく、世直しに夢中になっていて、揺るぎない。そんな人が、殺人を犯して苦しみぬく。 そして、アンドレとは反対に、自己保全のために、才谷を殺そうとする。
ラストは、才谷に説得され、罪を自認し、贖罪の道を歩むことを決断する。その底には、愛と言う大きな力が働いているのです。
牢にいて、才谷への愛を語りかける英が美しく、再生しようとする人間の神々しさ、愛に満たされた至福感が漂います。けれど、語っている姿と同時進行で、才谷(龍馬)が、暗殺されるのです。そこが、もう、涙、涙。
でも、思うんです。英さんは、贖罪の意識を持ちながら、新時代を生き抜いていく。尼さんになるかもしれないけれど、身に付けた学問で、社会にタッチしていく。子供たちに読み書きそろばんを教えたり、自身も新時代の学問を学び、人々に広めていく。そんな、姿が思い描けました。
作品を見ていて自分なりに解釈したこと。
ご一新といって、勤王、佐幕に分かれて対立していても、根源は権力奪取して、世の中を動かそうとする経済闘争である。だから、この作品中では、勤王も佐幕も区別がつかない。どちらも、おんなじという、メッセージを受け取りました。そして、お金の入ったカバンを持った溜まり水さんは、現在ののヘッジファンド。有り余るお金を基に、儲かる方に味方する。そして、権力闘争は、庶民を巻き込み、翻弄し、良いように使い捨てる。才谷(龍馬)もしかり、世直しと言いながら、勤王、佐幕を手玉に取り、双方から、金を巻き上げる。
そんなこんなでも、人の世は金だけではなく、生活があり、人々の触れあいがあり、、人を生かす殺すも、人間。人は、人に殺され、人によって、再生する。だから、お金の亡者の溜まり水さんも、愛を得られなくって、自滅していくし、英さんは、愛で、再起していくのです。
いろんな見方があるでしょう。懐の深ーい作品ですわ。