EUROPEAN CLUB SOCCER Winning Eleven Tactics/コナミ

 6年前のゲームなんですけど。これは面白い。


 サカつくシリーズが好きで、以前は結構やってたんですが、EU版と5の評判が悪く、最近発売された6もPSP版(持ってない)なので敬遠してました。で、こちら。


 サカつくがなんか街の経営とかまでやらなくちゃいけないのに対して、こっちは監督の仕事オンリー。その分戦術はかなり細かく決められます。選手の獲得も、取るだけなら簡単ですが予算枠があり、しかも試合に勝てばお金が増えるのではなくて基本的にオーナーが提示する年間予算でやりくりしなくてはいけないので、要らない選手を叩き売って枠をあけるとか、なので安くていい選手を探したり、新しく入れても結局うまくいかなかったりとそのあたりが実に絶妙。
 弱いチームでも戦術次第で勝てるので、勝つと本当に嬉しいです。もっとも強いチームでも気を抜くと負けるんですが。
 そういう内容のゲームなのでプレイする人は選びます。サッカーにそこそこ詳しくないと戦術の設定とか出来ないしやっても面白くないでしょうしね。


 少し悲しいのが試合画面で、まあそれほど致命的に酷いわけではないんですがちょこちょこと・・・敵のドリブルはえらい抜いてくる割にこっちのドリブルが全然通用しない(ウチのウイングはオーフェルマルスとかロッベンとかなのに)とか、DFがペナルティエリアでウロチョロしすぎるとか(年間PK5本献上、取ったのは1本くらい)、ファウルの基準がわからんとか、ゴールキックが絶対味方に渡らないとか、選手交代だっつってんのに全然ゲーム止めないとか(後半15分に指示出して、ずーっとゲーム止めず結局試合終了・・・怪我人いても)、いろいろありますがまあ面白さのほうが勝ちます。


 せめて選手だけでも最新版にしたバージョン出さないかなあ。やっぱり最近の選手いないし、最近成長した選手も反映されてないし。例えばメッシやウォルコットやパトやイグアインあたりいませんし、イニエスタやダニエウ・アウベスの能力とか見直して欲しいです。

のだめカンタービレ ベスト100 (通常盤)/オムニバス(クラシック)

 映画版ではなくドラマのときに発売されたヤツです。


 うちにあるクラシックのCDが山下一仁と村冶佳織とグレン・グールドくらいとかいう偏りっぷりだったので、マンガも面白かったしいいかと思い。CD8枚で4800円ってけっこういいよね。
 しかしドラマ版だからしょうがないんでしょうが、作中のだめのテンションが最も上がったであろうラヴェルのピアノ協奏曲ト長調が入ってないのが残念。まっ結局本人は弾いてないんだけど。
 あと曲解説が入ってるのはいいんですが指揮者や演奏者の解説も欲しかったな。のだめの企画なんだし。グールドのモーツァルトとかムチャクチャ変わってますしね。

 私は、日本農業は高品質・高価格のものを作る方向へ行くべきだと思っていますが、国の政策が向く方向は逆で、とにかくたくさん作って薄利を多売で補う考えです。どちらにしても良い所悪い所はありますが、私が考える薄利多売方式の問題は、今現在の農産物では薄利が薄すぎる点です。そして大量生産は必ず大量の余剰を生み出し、小売価格をさらに引き下げ、薄利すら無くす可能性も大いにあります。そこに対して国の補助金ですが、まともに払うと膨大すぎ、よそからの批判とか言う以前に国庫が持ちません。
 もっとも高品質高価格を狙ってできるかというとそれも難しいわけで、取り組みとしてどちらが楽かといえば薄利多売のほうが手軽だというのは認めます。


 さて農業経済学者さんたちは、コメ作りを大規模専業農家に任せれば1万円以下でもペイできるくらいコストダウンできるはずだとよく言います。間違ってはいませんが、そもそもなぜ大規模農家は米を安く作れるのでしょうか。そのあたり、「プロなんだから安く出来て当たり前だろう」みたいに安易に済まされている気がするのですが、どうでしょうか。


 まず専業農家と兼業農家で、米作りにかかるランニングコストにはそう違いがないのではと思います。人件費に関しては兼業農家のほうが安いくらいです(無料でも成り立つ余地がある)。
 まるで違うのがイニシャルコストで、農業機械を一式揃えて更新し続けるコストは小規模兼業農家には求められないものです。専業農家のほうがイニシャルが安いといっているのではありません。専業ならば払えるというだけで、実際にはもちろんものすごくかかっています。


 量産効果でコストが削減できるのが工業業界ですが、農業で量産効果ってよくわかりません。専業ならば農業機械が遊んでいる時間が少ない点で有利ですが、2倍長く使えばきっちり2倍壊れるので維持費が安いかといえばそうでもありません。もっともボロボロの機械を使い続けるのは上手ですが。
 生産工程がこなれて効率アップてのもかなりすぐ頭打ちが来ます。稲作技術そのものは伝統も長く、枯れた技術です。また、誰が作っても5月に植えて9月に収穫(地域による)というタイムスケジュールは変わらず、かかる時間はプロでも素人でも全く変わりません。


 では専業農家は兼業農家に比べてどういう所が有利なのかといえば、兼業農家は休日しか農作業できないが専業なら毎日できるという点です。なので大量生産が出来ます。
 それともう一点、プロならではの知識と技術です。このあたりがきっと過大に評価されてるんだろうなあと思うのですが、しかしなぜ技術で安く出来るのか。


 例えば病害虫にやられないような圃場管理・農薬使用などで安定した生産だとか、うまく肥料を使って収量アップだとか、できますけど実際それらは兼業の人であってもJAの言うことを聞いていたりしかるべきものを調べたりすれば達成できることです。
 そうではなく現在、1万円でもペイさせるプロならではの低コスト技術とは、品質を犠牲にすることなのです。


 例えば高収量の品種を作付けします。単位面積あたりで何割かたくさん取れる品種はあります。素人は存在も知らないし種籾も手に入りません。味はおいしくありません。
 ものすごく安い肥料を撒いています。当然、少量でも効く化学肥料です。農薬も、散布回数が少なくてもよく効き、長持ちするものを調べて使います。


 きっと、専業農家なら安く作れると言うときの願望は「品質を落とさずに良いものを安く作れる」でしょう。しかし実際には「品質を落として安く作る技術がある」です。兼業農家には品質を落とす技術が無いのだと言ってもいいです。
 安くてもできるだけ品質は落とさず、と考える農家ももちろんいました。しかし言わば15000円相当のものを頑張って12000円で作ってきた人も、さらに8000円まで値下げせよと言われ、もうあきらめました。農業を辞めるか、あるいは開き直って安くまずい米を作るかです。8000円で米は作れます。それは8000円程度の米です。そしてそういう道を選ぶ農家は増えています。


 そういうやり方が悪いといっているのではありません。社会が求めるならそれでいいだろうし、農家本人についてもペイできているなら何の問題もありません。ただし消費者は不憫かもしれませんね。まあ自分達で選んだ道ですが。

 この人たちはここまで馬鹿だったのか、としょっちゅう思う不思議。


47NEWS 「統合医療」推進へチーム設置 効果や安全性を分析
http://www.47news.jp/CN/201002/CN2010021101000315.html



 西洋医学に漢方や自然療法を取り入れた「統合医療」推進に向け、厚生労働省は11日までにプロジェクトチーム(PT)を設置、効果や安全性の本格的分析を始めた。推進は民主党がマニフェストで示した公約。鳩山由紀夫首相も初の施政方針演説で「積極的な推進の検討」を約束していた。


 統合医療は、中国医学やカイロプラクティック、アロマセラピー、心理療法、温泉療法など多岐にわたる「相補・代替医療」で構成。個別の症状に応じ治療法や薬を選ぶ患者中心の医療が期待され、薬剤コストが低く医療費抑制が見込めるのが利点に挙げられる。


 厚労省によると、こうした「医療」に関しては一方で、伝承による民間療法のように科学的根拠が乏しかったり、資格制度がない施術を患者が不安視したりする問題点も指摘されてきた。治療費も多くの場合、健康保険が適用されていない。


 厚労省は5日に関係部局によるPTの初会合を開き、2月下旬までに近年扱った統合医療に関する要望書や予算事業、研究課題などを抽出することを指示した。関係課は大臣官房や健康局、保険局などにまたがるが、当面の窓口は医政局総務課に置くことも決めた。



 一般的な医療を現代医療と呼ぶとして、それはもちろん、現代に突然現れたものではありません。いつを起源とするかとか、そういう定義があるのかは私は知りません。ヒポクラテスの誓いというものがありますが、仮に彼を医学の起源とすると2500年近くの歴史があるわけです。そしてさらに源流をたどるともっともっと古い所から来ているはずです。
 そしてそれくらいの昔から、古代の医師たちは治療・健康・長寿のためにありとあらゆるものを捜し求めてきたのです。不老長寿を真面目に信じ、妙薬の噂を聞けばいくら金を出しても探し回る皇帝もいました。現代、薬草だとか毒キノコだとかいうものが既知なのは全て過去から調査してきたからで、もちろん最初っから薬草辞典なんてものがあったわけではありません。で、長い年月の間に薬草の中のどの成分が効くのか、その成分だけを取り出すことは出来ないのか、というような工夫が積み重ねられ、現在は生の薬草など滅多に使われないわけです。


 当然、研究は自分達でイチから調べるものばかりではなく、地域に伝わる伝承だとか民間医療などを試したこともあったでしょう。あったというより最初はそれが主力だったかもしれません。その過程で、効果があるものが見つかると「医学」に組み込まれ、それを繰り返して現代医学に繋がるのです。


 もちろん「効果があれば、原理など何でも構わない」時代もありました。というよりかなり最近までそんな考えだったと思われます。Evidence-based Medicine根拠に基づいた医療という考え方が根付きだしたのはほんの30年前からで、そもそもこの言葉が成立したのは1990年だそうです。


 さて当たり前の話を長々としましたが、代替医療がなぜ本流たる現代医療に組み込まれていないままなのか?というのはつまり取るに足らないものだからなのではないでしょうか?
 まあ全部が全部そうとは言えません。が、不景気といわれる現代です。費用対効果を考えると、かなりの不毛地帯であることが簡単に予想できる代替療法分野をいちいち調べるのは、仮にわずかに成果があったとしてもものすごく割りにあわなそうだなあと思います。


 そしてもう一つ、ホメオパシーだとかなんだとかだって、一応ちゃんと調べている記録もあるわけです。ほかの代替医療だって、全世界の医学者達から全く無視されているものというのはそうそうないでしょう(もっともよっぽど取るに足らないものなら無視されるでしょうが)。そういうものを「再調査する」ということは、厚生労働省(に民主党が作らせる)プロジェクトチームは過去研究に従事した各国の医師たちを全く信用していない、そして彼らなどより遥かに上の能力を以て代替医療にエビデンスをつけて見せると豪語しているわけです。なんともまあ不遜な方たちです。


 ところで、ウィキペディアでヒポクラテスの項目を見てみると、
http://ja.wikipedia.org/wiki/ヒポクラテス
彼の功績で最も重要なことは、原始的な医学から迷信や呪術を切り離し、科学的な医学を発展させたことである。


 鳩山は紀元前4世紀より遅れてるってことですね。

ソムリエール Vol.12 (ヤングジャンプコミックス BJ)/城 アラキ

 以前、当ブログの「ホメオパシーとバイオダイナミクス」 でネタにした回とエッセイが収録されています。まんがとしても面白いのでお勧め。


 さて、以前エントリを書いたときは雑誌立ち読みのあとにうろ覚えでネタにしたもので、細かい部分など無視していたのですが、改めてちゃんと読んでやっぱり面白かったです。


 私、バイオダイナミクスが大ざっぱにどういうことをするかは知っていますが、起源とかは知りません。で、ソムリエール収録のエッセイにはちょこっとだけ書いてあるのですが、オーストリアのルドルフ・シュタイナーという人の思想が根本にあるそうです。
 


 水頭症の子供が生まれたとき、その子は母親が晩餐会で赤ワインを飲んだ夜に受胎したことがわかるはずです。(中略)陰謀のように、アルコールの影響は、アルコールの影響とは思えないところに出るのです。(中略)アルコールは骨髄のなかにまで入り込み、しだいに血液を破壊していくことを知らねばなりません。アルコールは子孫を破壊させ、家系を崩壊させるのです。(ルドルフ・シュタイナー「健康と食事」西川隆範訳、イザラ書房、1992年より)


 なんか電波っぽいものを感じますが、この人は医師とかではなく神秘思想家とされ、時代的にも1861年生まれの人物ですから今の感覚で捉えてはいけない面があります。
 で、そのシュタイナーが1924年に行った農業に関する講義を期限として成立したのがバイオダイナミクスで、その中心概念は「個性豊かな農産物を生み出すために、農場を外部から遮断して自給自足のシステムを確立し、農場内で使用する堆肥や家畜の餌まで内製すること」だそうです。ちなみにこのあたりまで、かなりエッセイを引用しています。


 この概念を知って最初に思い出したのがビオトープです。農場を外部から遮断して内部のみで完結する環境を作るということは、それは極めて「人工的」な環境であり、一般的にいう生態系とは異なっています。理想的にうまくいけば循環はしていますが、それは自然系における循環とは違っています。


 さて何でこれがまた、「究極の有機農法」バイオダイナミクスに繋がってしまったのでしょうか。まあ1924年の講義について調べてみないとわかりませんが、少なくとも農薬や化学肥料に関してはシュタイナー自身が遠ざけたのではないことはわかります。だって彼が生きてたころにそんなもんはないからね。


 シュタイナーの農法とはあくまでも思想であり、産業としての農業とは別個に考えられなくてはいけないでしょう。農場を一個の閉鎖系にせよとは、そこに携わる人間も含めての生き方の問題になるでしょう。


 ところが現代の、産業としての農業に自給自足などありえません。それは農業が大規模単一栽培の方向へ向かってきたからです。どこの農家も(専業農家なら特に)、自分の家がつくっている農産物の種類などわずかなもので、大多数の食品は買って食べています。うちだって、買わなくて済んでいるのは米とわずかな野菜のみです。食べる方面に関してもそうですし、作るほうについても農薬を自家製で用意するのは論外として、では肥料はどうかとなれば米の場合は籾殻や米ぬかを肥料にできますが、しかし生産した米から取れる米ぬかだけでは次作の肥料として全く足りません。
 そして、農薬なども大規模単一栽培だからこそ必要となっています。小面積に様々な種類の野菜を混作するなら、病害虫もさほど集中的な発生はせず、有機農法もやりやすくなります。しかし大規模単一栽培においてはそれは無理な相談です。


 じゃあ今からでも小規模多種栽培の農業に戻ればいいのでは?という考えは現実的に不可能です。まあ農業を産業とせず、個人の中で完結する趣味として行うなら出来ます。だからバイオダイナミクスは思想であるというのです。


 もちろん私は、このバイオダイナミクスを完全に否定しているわけではありません。少なくとも、個人が勝手にやる分にはどうでもいいことです。しかし産業としての農業にまで広めようとしたり、慣行農法を批判する種として使われるのはちょっと待ったとなります。閉鎖系内の農法であるバイオダイナミクスが外に出てしまってはまずいでしょう。


 ところでバイオダイナミクスは特にワイン業界で有名ですが、シュタイナー自身は最初の方の引用にもあるとおり酒を全く敵視しているので、ワイン作りにバイオダイナミクスというのは妙なことですね。
 ・・・って話もソムリエールのエッセイからのパクリ。