- ソムリエール Vol.12 (ヤングジャンプコミックス BJ)/城 アラキ
以前、当ブログの「ホメオパシーとバイオダイナミクス」
でネタにした回とエッセイが収録されています。まんがとしても面白いのでお勧め。
さて、以前エントリを書いたときは雑誌立ち読みのあとにうろ覚えでネタにしたもので、細かい部分など無視していたのですが、改めてちゃんと読んでやっぱり面白かったです。
私、バイオダイナミクスが大ざっぱにどういうことをするかは知っていますが、起源とかは知りません。で、ソムリエール収録のエッセイにはちょこっとだけ書いてあるのですが、オーストリアのルドルフ・シュタイナーという人の思想が根本にあるそうです。
水頭症の子供が生まれたとき、その子は母親が晩餐会で赤ワインを飲んだ夜に受胎したことがわかるはずです。(中略)陰謀のように、アルコールの影響は、アルコールの影響とは思えないところに出るのです。(中略)アルコールは骨髄のなかにまで入り込み、しだいに血液を破壊していくことを知らねばなりません。アルコールは子孫を破壊させ、家系を崩壊させるのです。(ルドルフ・シュタイナー「健康と食事」西川隆範訳、イザラ書房、1992年より)
なんか電波っぽいものを感じますが、この人は医師とかではなく神秘思想家とされ、時代的にも1861年生まれの人物ですから今の感覚で捉えてはいけない面があります。
で、そのシュタイナーが1924年に行った農業に関する講義を期限として成立したのがバイオダイナミクスで、その中心概念は「個性豊かな農産物を生み出すために、農場を外部から遮断して自給自足のシステムを確立し、農場内で使用する堆肥や家畜の餌まで内製すること」だそうです。ちなみにこのあたりまで、かなりエッセイを引用しています。
この概念を知って最初に思い出したのがビオトープです。農場を外部から遮断して内部のみで完結する環境を作るということは、それは極めて「人工的」な環境であり、一般的にいう生態系とは異なっています。理想的にうまくいけば循環はしていますが、それは自然系における循環とは違っています。
さて何でこれがまた、「究極の有機農法」バイオダイナミクスに繋がってしまったのでしょうか。まあ1924年の講義について調べてみないとわかりませんが、少なくとも農薬や化学肥料に関してはシュタイナー自身が遠ざけたのではないことはわかります。だって彼が生きてたころにそんなもんはないからね。
シュタイナーの農法とはあくまでも思想であり、産業としての農業とは別個に考えられなくてはいけないでしょう。農場を一個の閉鎖系にせよとは、そこに携わる人間も含めての生き方の問題になるでしょう。
ところが現代の、産業としての農業に自給自足などありえません。それは農業が大規模単一栽培の方向へ向かってきたからです。どこの農家も(専業農家なら特に)、自分の家がつくっている農産物の種類などわずかなもので、大多数の食品は買って食べています。うちだって、買わなくて済んでいるのは米とわずかな野菜のみです。食べる方面に関してもそうですし、作るほうについても農薬を自家製で用意するのは論外として、では肥料はどうかとなれば米の場合は籾殻や米ぬかを肥料にできますが、しかし生産した米から取れる米ぬかだけでは次作の肥料として全く足りません。
そして、農薬なども大規模単一栽培だからこそ必要となっています。小面積に様々な種類の野菜を混作するなら、病害虫もさほど集中的な発生はせず、有機農法もやりやすくなります。しかし大規模単一栽培においてはそれは無理な相談です。
じゃあ今からでも小規模多種栽培の農業に戻ればいいのでは?という考えは現実的に不可能です。まあ農業を産業とせず、個人の中で完結する趣味として行うなら出来ます。だからバイオダイナミクスは思想であるというのです。
もちろん私は、このバイオダイナミクスを完全に否定しているわけではありません。少なくとも、個人が勝手にやる分にはどうでもいいことです。しかし産業としての農業にまで広めようとしたり、慣行農法を批判する種として使われるのはちょっと待ったとなります。閉鎖系内の農法であるバイオダイナミクスが外に出てしまってはまずいでしょう。
ところでバイオダイナミクスは特にワイン業界で有名ですが、シュタイナー自身は最初の方の引用にもあるとおり酒を全く敵視しているので、ワイン作りにバイオダイナミクスというのは妙なことですね。
・・・って話もソムリエールのエッセイからのパクリ。