完全版 第一巻
第四章 岐味という男
「悪の参謀」の正体
また翌週、晋作から連絡が来た。
「法務局の帰りに寄れるか」——短いメッセージだ。
俺は「行く」と返した。
今週は何を話すつもりなのか、だいたい見当がついていた。先週の話の続きだ。642年に来日した「岐味」——「よく分からないほど悪賢いこの上もない人物」——この男がまだ宙ぶらりんのままだ。
店に着くと、晋作はもうカウンターにいた。今日はビールではなく熱燗を頼んでいる。季節が変わってきた。
俺が座るなり、晋作は切り出した。
【晋作】 岐味の話をしよう。
【タケ】 待ってた。
晋作は少し驚いた顔をした。俺が「待ってた」と言うのは珍しいのだろう。でも実際、待っていた。
「悪賢いこの上もない人物」と日本書紀が評した岐味。翹岐王子の参謀として来日した百済の内佐平(大臣)だ。そして俺はこの岐味こそが、後に「中臣鎌足」として歴史に登場する人物ではないかと考えている。
【タケ】 中臣鎌足? あの藤原鎌足の父親の……というか、藤原氏の始祖じゃないか!
【晋作】 そうだよ。鎌足という人物、実は乙巳の変の2年前に突然歴史に登場するんだ。
【タケ】 2年前?
【晋作】 644年に「中臣鎌子連」という名前で突如現れる。それまでの記録が一切ない。
俺は徳利を傾けながら、その言葉を頭の中で繰り返した。
記録が一切ない。
突然現れた「中臣鎌子」
644年——乙巳の変の前年。日本書紀にこんな記述がある。
「中臣鎌子連を神祗伯に拝しました。再三に固辞して就任しませんでした」
【タケ】 固辞した? 断ったのか。
【晋作】 そこが面白いんだよ。中臣氏は古来から神事を司る一族だ。その神事の長に任命されて——断った。
【タケ】 なんで断る。普通は喜んで受けるだろ。
【晋作】 「誠実で欲のない人物」という印象を、宮廷に植え付けるためだよ。断ることで目立つ。断ることで「この男は権力に媚びない」という評判が立つ。
俺は少し間を置いた。
【タケ】 ……断ることが、戦略だったのか。
【晋作】 しかも面白いことがある。90年前の553年に、「中臣鎌子」という人物が実在していた記録がある。
【タケ】 同じ名前か。
【晋作】 そうだよ。乙巳の変の鎌子も、もしかすれば死人の名を借りた「背乗り」の可能性が高い。
「背乗り」——諜報員や犯罪者が、行方不明者などの戸籍を乗っ取り、その人物になりすますこと。
俺は猪口を置いた。
【タケ】 死んだ人間の名前を借りた。だから記録がなかったのか。
【晋作】 死人は反論しないからね。
オシャレが口を挟んだ。今日も来ていた。燗酒を上品に飲みながら、ずっと聞いていたらしい。
【オシャレ】 じゃあ「中臣鎌足」も本名じゃないってこと?
【晋作】 おそらくね。本名は岐味。百済の内佐平の役職名だから、「岐味」自体が名前ではなく称号かもしれないけど。
【オシャレ】 それって証拠はあるの?
【晋作】 鎌足の年齢で考えてみよう。
年齢が語る真実
鎌足が亡くなったのは669年。日本書紀によれば享年56歳だったとされる。逆算すると、生まれたのは613年頃になる。
乙巳の変(645年)の時、鎌足は32〜33歳。中大兄皇子は当時19〜20歳。
【タケ】 鎌足の方が13歳上か。
【晋作】 そうだよ。42年に来日した岐味が30代だったとすれば——年齢も一致する。
俺は頭の中で計算した。642年に30代で来日した参謀が、3年後の645年に実行した。19歳の若い王子を動かすのに、30代の参謀はちょうどいい。父親と呼ぶには若く、兄と呼ぶには年上——そういう距離感の「師」として豊璋に接したとすれば、豊璋が心酔するのは自然だ。
【タケ】 それで——蹴鞠の話だな。
【晋作】 よく覚えてたな。
【タケ】 先週からずっと気になってたんだよ。「蹴鞠の場で偶然出会った」って話、どうも引っかかってた。
「偶然の出会い」という名の罠
日本書紀には、中臣鎌子と中大兄皇子が法興寺の蹴鞠の場で「偶然出会い」、意気投合したと書いてある。
しかしその「出会い」の場面を、晋作が読み上げた。
「大きなことを計画するには助けは有る方がいいでしょう。請い願います。蘇我倉山田石川麻呂の長女を召し入れて妃として、縁組を成しましょう。そうして後に、陳述して説得して、共に事を計画しようと思います」
俺はその文を二度、読んだ。
【タケ】 ……初対面で、これを言ったのか。
【晋作】 そうだよ。
【タケ】 蹴鞠をしながら初めて会った相手に、いきなり「誰々の娘を妃に迎えて仲間を作り、その後で計画を実行しましょう」と言った。
【晋作】 しかもその「誰々」が——入鹿の仲間である蘇我倉山田石川麻呂だ。
俺は思わず笑いそうになった。しかし笑えなかった。
【タケ】 普通の人間が、初対面でそんなことを言えるわけがない。
【晋作】 だろう。しかも蹴鞠での出会いの「前に」、日本書紀はこう書いている。「軽皇子(後の孝徳天皇)が鎌足を深く敬愛し重用していた」と。
【タケ】 出会う前から、すでに宮廷に根を張っていた。
【晋作】 そういうことだ。入鹿が歓待した四十数人の中に、岐味もいたんじゃないかと思う。3年かけて、じっくりと。
俺は燗酒を一口飲んだ。
「偶然の出会い」——その言葉が、今は全く別の意味に見える。出会いは演出されていた。場所も、タイミングも、最初に語りかける言葉まで、全部決まっていた。
計画のシナリオ——詰め将棋
晋作が年表を見せた。
631年 豊璋(6歳前後)来日。飛鳥の宮廷で育てられ始める
642年 翹岐・岐味・精鋭四十数人が来日。入鹿に歓待される
643年 百済から翹岐の弟王子も到着
644年 中臣鎌子、突如として歴史に登場。軽皇子の信頼を得る
645年6月 乙巳の変、実行
俺はその年表を眺めながら、将棋の盤面を思い浮かべた。
631年に豊璋という「飛車」を盤に置いた。
642年に岐味という「王将」が来た。同時に四十数人の「歩」が展開した。
644年に「中臣鎌子」という名前で岐味が宮廷の中枢に侵入した。
そして645年——詰め将棋が完成した。
【タケ】 これは詰め将棋だ。
【晋作】 そうだよ、タケちゃん。
【タケ】 全ての駒が揃った時、計画が動き出した。逃げ場は最初からなかった。
オシャレが静かに言った。
【オシャレ】 ……6歳の子供を14年間かけて育て上げて、国を乗っ取る計画。
【晋作】 「悪魔のような天才戦略家」——これが岐味(鎌足)についての俺の評価だよ。
俺は返す言葉がなかった。
「悪魔のような」——その言葉は大げさではないかもしれない。14年という時間をかけた計画に、怒りよりも先に、ある種の戦慄が来た。
なぜ入鹿は気づかなかったのか
【タケ】 でも——なぜ入鹿は止められなかったんだ。
晋作は少し間を置いた。
【晋作】 「止められなかった」じゃないかもしれない。「止めなかった」のかもしれない。
【タケ】 どういう意味だ。
【晋作】 入鹿は気づいていた——と俺は思う。あれだけの政治家が、宮廷の真ん中で何かが変わっていくのを感じなかったはずがない。でも動かなかった。
【タケ】 気づいていて、それでも受け入れた?
【晋作】 入鹿は「和の精神」で動いていた。縄文から続く血そのものだよ。百済系の人間も、渡来人も、分け隔てなく扱おうとした。豊璋を「仲間」として受け入れた。それが——ヤマトの、最大の弱点になった。
俺は窓の外を見た。夜の街が流れている。
【タケ】 善意が、弱点になった。
【晋作】 そうだよ。
沈黙が少し続いた。
オシャレが猪口を両手で包んで、じっと考えている。俺も同じだった。
入鹿は知っていた。それでも「和の精神」を捨てなかった。捨てれば、自分が守ろうとしていたものを、自分で壊すことになるから。
そのことが——1400年後の今も、胸に刺さる。
豊璋は——「一番目立つところ」にいた
【晋作】 もう一つ覚えておいてほしい法則がある。
晋作は静かに言った。
「英雄を隠すなら犯罪者の中に。犯罪者を隠すなら英雄の中に。そして一番目立つところに置く。誰も疑わないから」
豊璋は、日本の宮廷の「一番目立つところ」にいた。皇太子候補として、誰もが認める存在として。
見えていたのに、見えなかった。
あるいは——見えていたのに、言えなかった。
【タケ】 日羅が言えなかったのと、同じか。
晋作はうなずいた。
言った者が殺される。だから誰も言えない。言えないから、計画は静かに、着実に進んでいく。
そして14年後、全ての駒が揃った645年の夏——宮廷の大広間で、剣が振り下ろされた。
俺は熱燗の最後の一口を飲み干して、ぽつりと言った。
【タケ】 次の章は——645年6月12日か。
【晋作】 そうだ。いよいよだよ。
晋作の目が、静かに光った。
俺はなぜか、少しだけ怖かった。
── 続く ──