完全版 第一巻

 

第一章 その言葉が全ての入口だった

 

 

 

居酒屋の隅で

 

 

 

晋作とはかれこれ二十年来の付き合いだ。

小学校が一緒で、中学が一緒で、就職してから住む町は変わったけれど、月に一度か二度こうして飲む仲だ。仕事は不動産屋をやっている。俺が法務局まわりの多い日は、たいてい晋作が昼飯に付き合ってくれる。

 

こいつが「聞いてくれるか」と言い出した時は大抵、歴史の話だ。

「またか」と思いながらも聞いてしまうのは、こいつの話が途中からどうも妙な方向へ転がっていって、気がついたら自分もそっちへ引き込まれているからだ。

 

その日も、仕事帰りの居酒屋のカウンターで始まった。

 

【タケ】 晋作、またその話か。仕事帰りに難しい話は勘弁してくれよ。

【晋作】 難しくないよ。一問一答だ。

【タケ】 なんだよ、それは。

 

晋作はそう言いながら枝豆を三粒まとめて口に放り込む。こいつはいつもこうだ。話しながら食う。食いながら話す。口の端に何かくっついていることに気づかない。

 

【晋作】 645年に飛鳥の宮廷で蘇我入鹿が殺された。知ってるか?

【タケ】 大化改新だろ。中学で習った。中大兄皇子と中臣鎌足が悪い蘇我入鹿を倒した。

【晋作】 その現場に居合わせた皇族が一言呟いたんだ。

【タケ】 なんて?

【晋作】 「韓人が鞍作を殺した」

 

短い沈黙が流れた。

 

【タケ】 ……韓人?

【晋作】 そうだ。「鞍作」というのは蘇我入鹿の別名だ。つまり「韓国人が入鹿を殺した」と言ったんだよ。

【タケ】 それを言ったのは誰だ?

【晋作】 古人大兄皇子。当時の有力な皇位継承者だ。嘘をつく理由がない。

 

俺はビールを一口飲んだ。

正直、最初は「また変なことを言い出した」くらいにしか思っていなかった。大化改新は知っている。中大兄皇子と中臣鎌足が悪い蘇我入鹿を倒した——それが歴史だ。小学校から習ってきた話だ。今更ひっくり返るような話じゃない。

 

【タケ】 待ってくれ。中大兄皇子が入鹿を殺したのに、なんで「韓人が殺した」という話になるんだ?

【晋作】 それが全ての謎の入口なんだよ。

 

「大化改新」という名の幻

学校の教科書でこの事件は「大化改新」と教えられてきた。

しかし正確な歴史用語では「乙巳(いっし)の変」という。

「改新」というのは後からつけられた名前だ。まるで素晴らしい改革であったかのように。

 

しかし現場で何が起きたか、日本書紀に書かれたことをそのまま並べてみると、とても「改革」とは呼べない。

 

612——蘇我入鹿、宮廷で暗殺される

613——蘇我蝦夷の屋敷、炎上。一族郎党皆殺し

614——翌日には、もう次の天皇が決まっていた

 

たった三日間。

検証もなく、裁判もなく、三日間で全てが終わった。

 

晋作がそれを説明する間、俺はビールのグラスを両手で包んで黙って聞いていた。

 

【タケ】 確かにスピードが速すぎるな。

【晋作】 通常、宮廷での暗殺事件があれば、最低でも数ヶ月は審議が続く。ところがこの時は、翌々日には新天皇が決まっている。

【タケ】 まるで最初から決まっていたみたいだな。

【晋作】 そうなんだよ。これは「改革」じゃなくて、計画的な「クーデター」だったんだ。

 

計画的なクーデター——言われてみれば、確かにそうだ。三日間で全てが終わるクーデターを「大化改新」という清々しい名前で呼んできた。俺たちはずっとそれを疑わなかった。

 

「韓人」という言葉の重さ

もう一度、古人大兄皇子の言葉に戻ろう。

 

「韓人、鞍作を殺しつ。吾が心痛し」

 

「韓人」——朝鮮半島の人間という意味だ。

古人大兄皇子は現場にいた。

目の前で蘇我入鹿が剣で斬られるのを見ていた。

その彼が、思わず口をついて出たのがこの言葉だった。

 

日本書紀はこの発言を、さりげなく一行だけ書き残している。

そして誰もそれ以上の説明をしない。

教科書はこの一行を完全にスルーする。

 

【タケ】 なんで教科書に載らないんだ?

【晋作】 考えてみろよ。「中大兄皇子は韓国人だった」ということになるからだ。

 

俺はグラスを置いた。

 

【タケ】 そんな馬鹿な——

【晋作】 馬鹿なかどうか、これから一緒に検証していこう。

 

晋作は珍しく真顔だった。

こいつが「馬鹿なかどうか検証しよう」と言う時、大抵その先には思いもしなかった答えが待っている。俺はそれを長年の付き合いで知っている。だから黙って続きを促した。

 

1300年間スルーされてきた問い

日本書紀が完成したのは西暦720年だ。

それから1300年以上が経つ。

その間、数え切れないほどの歴史学者がこの一行を読んできた。

しかし誰も正面から「古人大兄皇子の証言は正しかったのではないか」とは言わなかった。

 

なぜか。

それを認めれば、「万世一系」という日本の根幹が崩れるからだ。

天皇家は神武天皇から一度も途切れることなく続いてきた——という神話が崩れるからだ。

 

【タケ】 ……でもよ。神話が崩れたら、日本人は困るのか?

 

俺は自分で言いながら、少し驚いた。さっきまで「馬鹿な」と思っていたのに、いつの間にか晋作の話の中に入り込んでいた。

 

【晋作】 そこなんだよ、タケちゃん。神話が崩れることと、日本人の誇りが崩れることは、全く別の話だ。むしろ、本当の歴史を知ることで、初めて「本物のヤマトの魂」がどこにあったかを知ることができる。

【タケ】 本物のヤマトの魂……

【晋作】 「嘘の英雄」を信じ続けることと、「本物の英雄」を知ることと、どちらが日本人として誇らしいか——それだけの話なんだよ。

 

俺はしばらく黙ってビールを飲んだ。

カウンターの向こうで大将が黙々と串を焼いている。隣の席のサラリーマンたちが今夜の残業の愚痴を言い合っている。世界はいつも通りだ。

しかし俺の頭の中では、1300年前の飛鳥の宮廷で、一人の皇族が震える声でつぶやいた言葉が、ぐるぐると回り続けていた。

 

韓人、鞍作を殺しつ。吾が心痛し——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二章 大化改新という名の嘘

 

 

 

 

教科書の「大化改新」

翌週も、晋作とは同じ居酒屋のカウンターで顔を合わせた。今日はオシャレも来た。三人で食べることにしたのだが、座るなり晋作がまた始めた。俺はオシャレに目配せする。「聞いてやれ」という合図だ。

 

多くの日本人が学校で習った「大化改新」の物語はこうだ。

横暴な蘇我入鹿が天皇家をないがしろにし、権力を独占していた。見かねた中大兄皇子と中臣鎌足が協力し、645年に入鹿を倒した。その後、天皇中心の新しい国家体制が生まれた——これが大化改新である。

 

なるほど、スッキリした話だ。

悪者がいて、正義の味方がいて、悪者を倒して国が良くなった。

子供にも分かりやすい。

 

【オシャレ】 私もそう習ったわよ。中大兄皇子は英雄じゃないの?

【晋作】 それが実は逆なんだよ、オシャレ。日本書紀に書かれていることをそのまま読むと、蘇我入鹿の時代の方がよほど平和で豊かだったと分かる。

【オシャレ】 まさか。

【晋作】 日本書紀自身がそう書いてるんだ。

 

蘇我入鹿の「本当の姿」

日本書紀には蘇我入鹿についてこう書かれている。

 

「大臣の子の入鹿は、自ら国の執政を行い、その勢いは父の蝦夷よりも勝っていました。それで盗賊は恐れて、道に落ちているものも取りませんでした」

 

これは悪人の描写か?

「道に落ちているものも取らなかった」——つまり治安が完璧だったということだ。

現代でもそんな国はほとんどない。

 

【タケ】 あれ、確かに悪口になってないな。

【晋作】 しかも入鹿の父、蘇我蝦夷の家には「上の宮門(ミカド)」という呼び名がついていた。

【タケ】 宮門(ミカド)?それって天皇の称号じゃないか?

【晋作】 そうだよ。当時、自分の屋敷を「ミカド」と呼んでよかったのは、大王(天皇)だけだった。

【タケ】 じゃあ蘇我氏は……

【晋作】 そう。蘇我氏こそが「大王家」だったんだよ。

 

俺はしばらく黙って考えた。

蘇我氏が「悪の豪族」ではなく「大王家」だった——そう言われてみると、なぜ日本書紀が入鹿を「悪人として描きながら、善政の事実を消せなかったのか」という謎が、少し見えてくる気がした。

 

英雄を隠す場所

ここで一つの法則を覚えておいてほしい。

 

英雄を隠すなら犯罪者の中に。犯罪者を隠すなら英雄の中に。そして一番目立つところに置く。

 

入鹿は「悪役」として日本書紀の一番目立つ場所に置かれた。

しかし書かれている内容を素直に読めば、彼は見事な政治家だったことが分かる。

 

一方、中大兄皇子は「英雄」として描かれている。

しかし彼の行動を年表で追っていくと——

 

645年 蘇我入鹿を暗殺

645年 蘇我蝦夷の一族を皆殺し

649年 協力者の蘇我倉山田麻呂を謀殺

654年 孝徳天皇が難波宮に「置き去り」にされて憤死

658年 孝徳天皇の息子・有間皇子を処刑

 

仲間も、協力者も、邪魔になれば殺す。

これが「英雄」の行動か?

 

【オシャレ】 ちょっと待って。中大兄皇子って、そんなにたくさん人を殺してたの?

【晋作】 日本書紀にそう書いてある。書かれているだけで、これだけある。

【オシャレ】 なんで英雄になれたの?

【晋作】 歴史を書いたのが彼の子孫だからだよ。

 

オシャレが「そんな馬鹿な」という顔をしている。その顔が、先週の俺と同じだ。そしてこれから先週の俺と同じように、「確かにおかしい」と思い始めるだろう。俺はそれを確認しながら、もう一杯頼んだ。

 

歴史は勝者が書く

日本書紀は720年に完成した。

誰が作ったか——表向きは舎人親王だが、実質の主導者は藤原不比等と言われている。

藤原不比等は中臣鎌足の息子だ。

つまり、乙巳の変を起こした中大兄皇子と中臣鎌足の子孫が書いた歴史書が「日本書紀」なのだ。

 

【タケ】 そりゃ都合のいいように書くな。

【晋作】 しかも面白いことに、不比等という名前——「史(ふひと)に通ず」という意味なんだよ。

【タケ】 ふひと?

【晋作】 「史」は「歴史を書く人」という意味だ。藤原不比等は「歴史を書く者」を自分の名前にした男だった。

 

権力者が歴史を書くとき、何が起きるか。

英雄が悪者に変わり、悪者が英雄に変わる。

そして1300年後も、その書き換えられた歴史が教科書に載り続ける。

 

では、古人大兄皇子の証言は本物か?

ここで最初の問いに戻ろう。

 

「韓人、鞍作を殺しつ。吾が心痛し」

 

古人大兄皇子は現場にいた目撃者だ。

彼にとって、入鹿は父の仲間であり、共に育った仲間でもあった可能性が高い。

その彼が咄嗟に言った「韓人」という言葉——これが嘘や思い違いだろうか?

 

もし本当のことを言ったとしたら。

もし中大兄皇子が「韓国(百済)の人間」だったとしたら。

歴史の構図は全て逆転する。

 

【晋作】 「嘘の英雄」を信じ続けることと、「本物の英雄」を知ることと、どちらが日本人として誇らしいか——それだけの話なんだよ。

 

俺とオシャレはしばらく黙っていた。

 

居酒屋の喧騒が遠くなっていくような感覚がある。晋作はいつもこうだ。最初は「またその話か」と思う。でも気がつくと、俺はもう晋作の見ている景色の中にいる。

 

645年。飛鳥の宮廷。三日間で全てが終わったクーデター。

「韓人が鞍作を殺した」——1300年間、誰も正面から受け取らなかった一言。

 

そして晋作は静かに言った。

 

【晋作】 次の章では、「百済王子・豊璋」という一人の少年の来日から話を始めよう。

 

百済王子——

俺はその名前を頭の中で繰り返した。

 

【タケ】 あの男が……やって来るのか。

【晋作】 そうだ。

 

晋作の目が静かに光った。

窓の外では、雑踏がいつも通りに流れていた。

 

 

── 続く ──