韓人、鞍作を殺しつ
〜乙巳の変の真実〜
十の民の旅 第一巻
紫門圭
序文
この本を読むにあたって、一つだけお断りしておきたいことがある。
ここに書かれていることは、日本の学校では教えてもらえない話だ。
いや、正確に言えば「教えてもらえない」のではなく、「そう解釈してはいけない」とされてきた話だ。
1998年、私はある文字に出会った。
富本銭という、日本最古の貨幣に刻まれた「夲(ほん)」という字。
この小さな文字が、私の二十七年にわたる旅の出発点になった。
「夲」を分解すると「大」と「十」になる。
「大いなる十」——それが「ヤマト」の本当の意味だった。
そしてその「十」という記号が、4000年前のエジプトから始まる、途方もなく長い旅をしてきたことに気がついた時、私の中で何かが大きく動いた。
貨幣というものには、必ずある種の文字が刻まれる——世界共通の原則だ。現代の硬貨を見れば「日本国」「百円」と刻まれている。古代ローマのコインにはカエサルの肖像と名前が刻まれた。中国の銅銭には王朝の年号が刻まれた。貨幣を貨幣たらしめているのは、「誰がその価値を保証するか」という権力の刻印だ。国家なり、自治体なり、権力者の名称や象徴が、必ずそこにある。
富本銭を見た時、私はまずそう考えた。「富本(ふほん)」の「富」は貨幣としての価値を示す言葉だろう。ではもう一方の「夲」は何か。これが発行者——つまり当時の国家なり権力者の「名前」か「象徴」のはずだ。
683年、富本銭を鋳造させた権力者は天武天皇だ。そして天武天皇が自らの国を何と呼んでいたか——「日夲(やまと)」だ。「夲」こそが、天武天皇にとっての「ヤマト(大和)」の正式な文字表記だったのではないか。
そう気づいた瞬間、次の問いが生まれた。「夲」という文字は、なぜ通常の「本(ほん)」ではないのか。この一文字の「違い」に、何か重大な意味があるのではないか——その問いが、27年間の旅の本当の出発点だった。
「夲」という文字は、通常の「本(ほん)」とは違う。「大(大きな)」の下に「十(じゅう)」が配置された構造だ。漢字辞典を引けば「もと・根本」という意味が出てくる。しかしその「大いなる十(テン)」という構造が、4000年前のエジプト・アトン神の「十字のシンボル」と同じ形だと気づいた時——27年間の旅が、一気に始まった。
この本はその旅の記録だ。
全六巻にわたる旅の、最初の一歩。
舞台は七世紀の飛鳥、奈良。
登場するのは、教科書に書かれた「英雄」たちではない。
教科書が隠した「真の英雄」と、教科書が仕立て上げた「偽の英雄」の物語だ。
むずかしいことは何もない。
ただ、日本書紀に書かれている言葉を、素直に読み返してみる。
それだけで、1300年間見えていなかったものが浮かび上がってくる。
では始めよう。
すべての謎の入口は、たった一言の言葉に刻まれている。
「韓人、鞍作を殺しつ。吾が心痛し」
西暦645年、飛鳥の宮廷で血が流れた日、古人大兄皇子は、ただそう呟いた。