今回は「癒し」を職業にしている「星の種」の方々に話しかけてみたい

なぜ「星の種」と呼ぶのか?

前回の仮想現実である監獄を内側から突破する可能性の高い人材だからです

 

みなさんは心理療法という、サイコセラピー、精神療法、心理セラピー

集団療法、瞑想療法、内観療法・・・

こういったものを経験して「癒す側」に立たれたことと思います。

そしてワークを体感することによって

心の力学を理解し、その作用反作用を巧みに使ってクライアント自身の気付きを促す・・・

さらには「癒す側」にとってもその行為自体がワークとなり新たな気付きを発見し続けていることでしょう。

言わば生きること自体がワークであり、瞑想体験となってますよね。

 

最近ではマインドフルネス、という新しいワークがあり、

これはアップルやGoogleなどの一流企業の研修にも取り入れられ成果を上げているようです。

その意味するところはとても深淵で一言で説明すると、

「Mindfulness is the awareness that emerges through paying attention on purpose,

 in the present moment, 

and nonjudgmentally,

 to things as they are.

(マインドフルネスとは、

意識的に、

この瞬間に、

判断せずに、

あるがままに意識を向けることで得られる

気付きである)

 

もうね、究極のワークショップと言ってもいいようなネーミングです😀

スティーブ・ジョブスの愛読書『Be Here Now』の世界観です。

詳しくは下記をお読みになれば

みなさんならばその有効性を容易に想像できると思います。

 

 

援助者は援助者であるより前に普通に悩みを抱える一個人でもある。援助専門職として専門的知識やスキルを身につけることは当然大事な作業であるが、それと同時に、まずは一個人として純粋に自分自身の体験に浸り、自己に向き合うことが何より大切ではないかと感じている。そして、自らの体験を通してマインドフルネスを臨床に活かす方法を考える、それがこの研修の目的である。

 

 

ここまで読んでいただければ

科学と仏教の謎 の著者の秋山 さと子女史の言わんとしていたことが

朧げながらも重なってくると思いませんか?

 

 

主体と客体とはなんなのか、主体としての人間の意識が、自らを超越して主と客、あるいは観察者と観察されるものの関係を、さらに観察するなどということができるだろうか。

 

「主体と客体は、一つのものである。それらの境界が、物質科学の最近の成果でこわれたということはできない。なぜなら、そんな境界など存在しないから」

 

われわれがものだと思っているさまざまなものは、実はものではなく、こちら側の概念であり、言葉であり、理論であり、観念であって、ものそのものではない。

 

ものとそれを観察し、体験するこちら側の主体とが、一つになった新しい考え方、感じ方をしなければなりません。

 

個人の主観的な認識が、いかに錯覚に満ち、自分自身の内的な問題に左右されるかは、われわれ、人間の心理についていささかでも知っているものにとっては、自明の問題点です。

 

 

この瞬間に、判断せずに、あるがままに意識を向けることで得られる気付き

 

つまり、見る側(主体)の余計な思考を手放すことであるがままを見れるってことです。

いわば、「無我の境地」かもしれませんし「一才皆空」であり「世間虚仮」を

まざまざと体感できるかもしれません。

 

しかし、多くのスピ本を読んで頭で理解しても

どれだけ瞑想をたくさんしても

紫門はその境地を体感したことはありませんでした。

 

朧げながらもそこへ到達できないのは

何かが邪魔をしている感じがしていました

それは、「到達したい」という思考そのものが

「到達を不可能にしている」のではないかと気づき始めました。

 

仮想現実を頭で理解しても、

仮想現実の思考で考える限り

仮想現実の枠から外れることができない・・・

 

仮想現実の枠を足枷とか鎖とか監獄と例えると

まさしく我々は囚人であり

囚人の思考法をしているということになります

 

 

がんじがらめの見えない鎖で我々は、そう考えるように、枠にはまった思考をするように、常識という相互監視の鎖で、親子と言うしがらみの中で、一夫一婦制という枠組みの中で、縛られていたということ。

 

縛られていることに気付いた彼が鎖を引きちぎって暴れているのを、鎖だらけの人間が彼を狂人扱いして、落ちこぼれと決めつけて、社会から排除し、生きづらくさせています。

 

操っている存在は常に匿名で、囚人が囚人を監視する囚人社会・・・それが現在です。

 

囚人でいることが大好きな人が大多数なので、囚人でいることが大嫌いな人は勝てないようになっています。

 

恐ろしいシステムなんです。

 

このシステムに矛盾を感じた人は心を病みます。

人に優しくしなさいと教えられ、優しくすると侮られバカにされ騙されて何もかも巻き上げられる・・・ホームレスになって道に倒れ救いを求めても、あんな人になってはいけませんよと母親は子供に言う。

 

癒しを職業にしている方々・・・

一度は辛い経験から立ち直った方々・・・

もしかすると囚人システムに順応する思考法を上書きしただけかもしれません。

 

 

 

 

Qやトランプによって覚醒したと・・・目覚めたという人々・・・

そこでまた覚醒しない人々に対して差別の心が生まれ

慢心した言動が鼻に付くわけで

愛に基づく行動が

自らを縛る鎖となっていく・・・

 

嫌というほどそれを見てきました

 

「癒し」を職業としている方々ならば

紫門の感じるこのジレンマを感じていただけるとことと思います。

自分の内側を、自分の思考法を観察する技術をお持ちだからです。

ただし、それさえも仮想現実の中の思考法かもしれない訳です。

 

そうなると仮想現実からの突破法は

仮想現実の思考法から見ると

狂人の思考に見えるのかもしれません

それこそ仮想現実なんてないかもしれないのですから・・・

 

 

 

死んでみれば?

正しく絶望しなさい

 

 

 

こんなことばかり書くから紫門のブログは人気がないのだと分かっています😀

アクセス数を増やそうなんて望んでいませんから。

 

じゃあ何を書こうとしているのか?

何を伝えようとしているのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脱獄方法です