しずかなパレード/井上荒野 感想 | VIKI(びき)のブログ

VIKI(びき)のブログ

VIDANCE COMPANY 主宰 VIKI
吉祥寺、 三鷹、武蔵野市、杉並区、阿佐ヶ谷にて
ジャズダンス、ヨガのレッスンを行っています
アラフォー、アラフィフ、アラ還&more歓迎♪
初心者歓迎、お子さま連れも歓迎です♪
ぜひご見学にいらしてください!お待ちしています^ ^

しずかなパレード/井上荒野


しずかなパレード 井上荒野 画像


 

 

幻冬舎の公式webマガジンがとても充実している

その中のインタビューで井上さんが、

 

「どんな人にも屈託があって闇がある。なにが正しくてどれが間違っているなんて、言い切れない。

小説家としてはそこを書きたい」とおっしゃっていて

 

正に井上ワールド

裁かない、ジャッジしない

かと言って味方になるわけではなく突き放したような

そんな空気が一貫してある世界

その中で、登場人物たちの置かれた立場、状況、思い、セリフが

ところどころ沁みたり刺さったり

小説の中の人は救われずとも、読む人はほんの少し救われる

ちょっとおかしい、ちょっと変、

そんな世界

 

ちょっとおかしいのはある意味全員で

名前からしておかしい「カンフーマン」

カンフーマンって何よ

そんなワードはじめて聞いたわ

 

「ミステリーにしようとは思っていなかった」とのことだけど

物語はミステリー要素の上に進んでいく

 

佐世保は、井上さんのご両親の出身地で

しかも和菓子屋さんは今もいとこが店主の母方の実家、とのことで

九州の言葉も、和菓子屋も自然

井上さん曰く、わりとネイティブ

方言を使うことの効果を感じているとのこと、その通りだなと思う

 

 

 

「しずかなパレード」

結論には実は私は納得していないのだけど

道中は十分楽しんだ

その納得していないところと、井上さんが連載が終わった当初、失敗作だと思った点が同じだと良いな

と勝手に思う1ファン

10年近く経って、おもしろいじゃんと思い直したそうだけど

有耶無耶なままで良かったんじゃないかと私は思う

 

 

 

それぞれの章で

ほんの短時間だけ登場する脇役たちを

とても実のある、リアルな、決して褒められないが責められない、共感さえできる人物として書けるのが

さすがだなと思う

しかも、完全一人称で

 

1人称である人物は、章ごとにどんどん変わっていくのだけど

一人称で語る、第三者の、浮き彫りになる過程はお見事すぎる

 

 

 

例えば9章

結生(ゆき)の章の結生の彼氏の新カノの内藤カンナ

ドラマがある女子同士、仲良くはならずとも同じ男に愛想を尽かす章で

カンナという突然出てきたキャラも

少ない文字数であっという間に人物像を浮き彫りにしていく

 

 

 

◇以下、描写のさすがな箇所

 

 

 

一度ならず私はカンフーマンと目が合った。

私たちがまだいるかどうかではなく、もういないことをたしかめたくて、カンフーマンはこちらを見ているようだった。

 

いないことをたしかめたい

 

 

 

直径四センチほどのクッキーが四枚ある、ということが少なからぬプレッシャーになっている。

四枚分の時間、夫に付き合うつもりらしいということが。

中略

麻理恵は面白そうに言って、クッキーの端を少しだけ齧る。

 

愛人との旅行の言い訳を語る夫の話を言い訳と分かって聞きながら

自分も警察が来たということをいつ切り出そうかと

その時間を楽しんでいる妻の麻理恵の心中を、クッキーで語る

 

 

 

だからあれはやっぱり、行方不明だったのだ、と結生は思う。

気づかれず、叱られなかったせいで、小一時間潜んでいた石積みの陰はどこでもない場所になった気がした。

もう二度と行けない、この世のどこでもない場所に。

 

ああ、身に覚えのある感覚。

この世のどこでもない場所

 

 

 

 

 

〈幻冬舎の内容紹介ページより〉

東京から佐世保の和菓子店に嫁ぎ、娘を育てながら若女将として生きる、晶。誕生祝いの夜、夫から贈られたエルメスのバングルを手首に巻きながら、好きな人がいる、その人のところへ行くと告げ、いなくなった。残された夫・信伍の怒りと嘆き、愛人・武藤の不審と自嘲、捨てられたと感じながら成長する娘・結生……。「不在」の12年間を、さまざまな視点から綴る長編小説。