二つの言葉が理解されねばならない。
一つは孤独という言葉、もう一つは『独りあること』だ。
孤独というのは、ネガティブな状態であり、『独りあること』はきわめてポジティブな状態だ。辞書によれば、それらは同じ意味だが、生においては、存在においては同じではない。
あなたは、誰か人が自分の側にいなくて、寂しくて孤独を感じる。あなたは自分一人でいるときに孤独を感じる。あなたは自分一人でいることに飽き飽きして孤独を感じる。
そして、あなたが自分一人でいて楽しいとき、『独りあること』を感じる。アサンガとは、『独りあること』、一人であることを意味する。
一人在るがいい。ヒマラヤの頂のように。絶対的に一人であれば、他者はいらない。
それは、あなたが人を愛さないということではない。実際は他者を必要としない人間だけが、人を愛することが出来る。必要が無くなったとき、愛が現れる。
もしあなたが、自分の側にいてくれる人間を必要とするなら、あなたはその人を利用しているのだ。その時、あなたの愛の一切は、相手を自分のいいように利用するというたぐいのものであり、深い搾取のたぐいだ。
というのも、あなたは相手を自分の目的の手段として利用している。あなたは、自分一人でいられない。あなたの孤独を満たしてくれる誰かを必要としている。あなたは愛について語る。が、それは本当は愛ではない。あなたは相手を利用しているのだ。
だが、愛は、決して自分のために相手を利用したりすることはできない。
愛にとっては、相手がその最終的なものであり、相手を手段に貶めることなど決してできない。相手が最終的なものであり、手段ではないということ・・それがこの世に存在する最高の徳なのだ。
絶対的に一人である者、一人でいられる者のみが愛することが出来る・・
というのも、その人にとっては、相手は必要ないからだ。
その反対に、その人からは愛があふれ出している。
愛は関係性ではない。愛は実存の一つの状態になる。
あなたは部屋に一人座っているかも知れない。が、愛はどんどんあふれ出している。
そこには誰も愛を分かち合う人がいないかもしれない。が、愛はあふれ続ける。
それは、ちょうど誰も通らない道に咲いている花のようだ。それでも花は空気中に、
風にその香りを放ち続ける。あるいは、夜星が輝いている・・誰も見ていなくても、
星は輝き続ける。というように。
あなたが誰かといようと、一人でいようと違いはない。あなたは愛を放ち続ける。
愛は実存の一つの状態なのだ。
- Osho
