10年が経ちました | 翕 然(胡麻柴の布袋号景虎と+α)

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主に8割が我が家の柴犬・景虎の事について。残る2割は何気ない日常のあれこれ。更新は基本的にスローペースで、のらりくらりやってます(•∀•)

  
昨日は暖かったのに今日は一気に真冬に逆戻りした景虎地方です。昨年と同様に今年も雪は少なめ…なのかなぁ…?
2月に入ってからどっさりと降る可能性もあるので今のところはまだ何とも言い難いです真顔
  
  
そして景虎は例年と変わらず、今の時期に毛がもりもりと抜けております。毎日毛だらけですゲッソリ
今はお腹周りとお尻の部分の毛が取れてすっきりしたので、最後は首回りですね。ここがなかなか取れづらい(またの言い方を毟りづらいとも言う)ので結構苦労しますね(^_^;)






さて、ここからは私の個人的なお話になります

今日で私の育ての親でもある母方の祖父が亡くなって10年になりました。毎年命日がくる度に「亡くなって○年になるなぁ…」といつも思ってきましたが、それもとうとう二桁になってしまいました
たかが10年、されど10年、けれどもあっという間に経ってしまった10年のように思います。その間にもいろいろな事がありました

祖父が亡くなって5年が経った時(2016年1月)に初めてこのブログで気持ちを吐露した際に「祖父が亡くなってから立ち直るまでに2年くらいかかった」と言っていたと思いますが、正直言って今でも立ち直れていませんし、何なら引き摺ってます。それは多分、祖父にしてあげられなかった事がたくさんあるせいだと思います
きっとこれは私がこの世を去るその時まで引き摺るんだろうなと最近では頭の片隅で思っていますね

祖父は93歳で亡くなりましたが、その歳になるまで本当に元気な人だったので変な話ではありますが「この元気な状態でじいちゃんは永遠に生きるんだろうな」と悠長に考えていました
それと同時に、肉親の死は私自身には関係のないもの(皆が元気だからあり得ない)という気持ちでいた事も事実でした
しかしその祖父が癌になり、余命も告げられ、日に日に弱っていった末に死を迎えた一連の様子を目の当たりにして、私は肉親の死というものをそこで初めて自覚しました。自覚したというか現実を見るというか、そういう感じです

人はいつまでも永遠に生きてはいない、いつかは死んでしまうのだという現実にやっと目を向けました。そしてその現実に目を向けた事を皮切りに、一気に肉親を亡くしていきました
実は私は祖父から始まって4年のサイクルで肉親を亡くしています。祖父の4年後に母方の祖母、祖母の4年後に私の母親でした
産みの親も育ての親も全員亡くなったからさすがにもう誰も亡くさないと思いますが、こうもぴったり4年ごとに誰かが亡くなっていると思わず身構えてしまいます
母親の4年後となる次は2023年、ちょうど2年後ですね。何事もない事を願いたいものです(とは言え、近しい肉親はもういないんですけどね)


今年は私の祖父にとっても10年目ですが、東日本大震災が起こって10年目でもあります。祖父の死と東日本大震災は同じ年にあったので、祖父を思い出す時にはいつも東日本大震災も一緒に思い出します。彼等にとっても同じ年月なのだなと……
今でもたまに、某動画サイトで当時の津波の映像を見る事があります。その当時はまさかこのような惨状になるとは全く思っておらず「大きな地震だったけれど、まぁ、大丈夫でしょう」とたいして気にも留めずに普通に遊びに出掛けました
それが夜になって帰宅するや否や津波による被害の惨状を知って信じられない気持ちになった事を覚えています

いつも動画を見ながら思う事は、やはりこのような事は忘れてはいけないなという事です
人間は慣れてきてしまったら「あぁ、またか」という感じで危機感を持たなくなってしまいますが、それではいけないんだなと思い知らされます

そのうち南海トラフがくるのではないかと数年前から言われていますけど、その時に備えた防犯対策はもちろんですがそのような災害がこない事が一番です
……とは言ってもこればかりは天災だから何とも言えませんね