■朝日(20261108)に、「ゴジラー0.0 絡み合う人間ドラマ」という記事が掲載されています。

 

 前作jが-1.0、これは映画の想定が1947年、つまり原爆による日本敗戦、一旦0になった国土を、ゴジラが襲うという意味で、ー1.0でした。

 

 今回は、ー0.0ということで、どんな意味でしょうかね。通常、マイナスがつけませんよね。マイナスという意味と、数値の概念から考えると、「無」「0」に近づくという意味でしょうか。

 

 設定は、前作の続編となっており、1949年設定です。

 

 

■監督は、こう語っています。

 

映画は空中戦が見どころ。巨大な怪獣が背後にはりつき、ぴたりと迫ってくる。「とんでもない状況に放り込まれる感覚、逃げようのない怖さを、デカいスクリーンで”体験”してほしい」

 

とのことです。この2匹をどうやって、出会わせるかというのは、理科の学習につながりますよ!!必見です。なるほどとね。

 

 私はですね、この巨大怪獣2匹による戦いよりも、重大な人間ドラマが隠されていると思うのですね。

映画館で頂いたプレゼント!!

 

 

■私はゴジラは小さい頃、見たきりで、その後のシリーズは一切見ていません。理由は、子どもがみるものだという認識だったからです。

 

 しかし、事態は急転直下、地震の年の「シン・ゴジラ」から見ています。なぜか、それは、youtubeだったか、冒頭シーンが流されたのです。

 

 そこに登場したのは、宮沢賢治の「春と修羅」でした。この作品、私は読んでいないのですが、AIによると、冒頭はこうだそうです。ボートに乗っていた人の愛読書というか、そんな作品が置かれていたというシーンです。

 

「わたくしといふ現象は / 仮定された有機交流電燈の / ひとつの青い照明です(あらゆる透明な幽霊の複合体)」

 説明では、妹への死に対して、生と死、人間の喜びと修羅みたいな心を投影した作品とのことです。

 

 しかも、上の引用では、まさしく、ゴジラの吐く放射能光線の青に投影されているのでしょうかね。

 

 それはそうと、この哲学的な作品をみないわけにはいかないと感じたのでした。もともと、ゴジラは、水爆実験だったか、その放射能物質の影響で、突然変異という設定でした。私が、現役の頃、通っていた原子力セミナー、環境教育にもつながるところがあるのですよね。

 

■というわけで、本作、戦闘シーンよりも見るべきところがあります。

 

 それは、自分たちの子どもではない子どもを2人で育て、怪獣と戦うために、子どもを愛児園に預けて分かれを告げるシーン、幼子は「行ってらっしゃい」と泣きながらいいます。意味は、母親(浜辺美波)が「行って、帰ってらっしゃい」という意味があると教え、それも健気に言い続けます。戦い終わって、本当の別れ(母親はゴジラの細胞が入っているので、追われる身)を告げにきます。しかし、ここでも幼子は「いってらっしゃい」と大声で唱えます。それを2人は感じ取り、3人で逃げるということを選択してエンドを迎えます。ネタバレですみません!!

 

 まだまだ、他にも見る視点があります。原爆で家族をなくした科学者の怨念、前作で失敗した所長、いろいろな人間模様が描かれていて、これはヒューマンドラマに仕上がっています。

 

■皆さん、見に行きましょう! 必見の価値あり!! 明日まで、確か、東宝シネマでは1300円一律でした。ま、私は近い、アミュの方に行くのですがね。