■まずは、朝日新聞(20260924)の「天声人語」より

 

「我々は瓶に閉じ込められた2匹のサソリだ」

 

 何の話か、これは原爆の父、オッペンハイマーの講演だそうです。水爆競争を繰り広げる米ソ両国を皮肉った言葉のようです。

 

 意味は、「互いに生命の危険を冒さずに、相手を殺すことはできない」ということだそうで、原爆の開発者が言うというのも、よくわからないとは思いましたが、それには触れてありませんでした。

 

 そこから話はAIへと転化されていきます。この辺は、上手いなーと思います。「ブレーキを掛けるなら今しかない」と。

 

 さらに、執筆者はこう結びました。

 

「AIが核と違うのは、人間の手を離れて自ら開発を進めかねない、ということだ。急がないといけない。サソリの毒針が勝手に動き出してしまう前に。」

 

 今、日本政府、文科省は、教育現場にこのAIを持ち込む学習指導要領を改定中です。熊本でも、そのAIを使った研修が行われています。大丈夫なのでしょうか。核と並ぶAIを持ち込むわけですから。世界とは逆行しているのが、とても気になっている一人であります、ハイ。

 

■次に、熊日新聞(同)の「新生面」より

 

「幼い兄弟が不器用な手つきで遊んでいた。6歳の弟は首がフラフラして安定せず、体をくねくね動かし、はにかんだような笑顔を見せるだけー。」

 

 これは、水俣病研究の第一人者、故原田教授の「胎児性水俣病」患者との出会いだったそうです。

 

 その方が、先日、訃報が報道された金子氏でした。執筆者は言います。

 

「生を受けた瞬間から最期まで水俣病と闘った。体を自由に動かせず、思うように言葉を発せられない。病状は悪化し、晩年は寝たきりだった。どれほど心身を削られただろう」

 

 もし、自分のこの立場で生まれてきていたとしたらと思うと、何とも言えません。自由に立ち、しゃべり、食べて旅行する、これらができないわけです。

 これは上の戦争にも当てはまります。一瞬のうちに、亡くなったり、体の一部が無くなったり、そんなことと同じで、私だったら、堪えられるのだろうかと、つい考え込んでしまったことでした。

 

■本日のコラムは、行き着く先は同じ観念ではないでしょうかね。とても心に刺さるコラムでした。こうならない世の中を作っていく必要があります。

 為政者を選ぶのは、他でもない、国民一人ひとりなのですよね!!! これが実に大きいと、昨今、思っているところです。