■朝日(20260923)に「AI時代になぜ勉強 子どもにどう伝える」という記事が出ています。

 

「確かに!」と思って、読み進めてみました。小見出しには、こんなのもありました。

 

「社会で役立つこと 一人称の視点で」「課題見つけられる感性を育てよう」

 

 具体的な問いは、こうでした。

 

「微分積分なんて何の役に立つのか」

 

 これは、昔からある問いですよね。大学教授はこう答えました。

 

より実社会の課題と結びつけることで、問いの答えを見いだす必要があると言い、「例えば、自動車のエンジニアが車体の流体力学を解くのに微分積分は不可欠です。様々な分野で活躍する人たちが『勉強は私にとってはこう役立った』という一人称の視点でメッセージを伝えていくべきです」

 

 はっきり言って、この教授は甘い!と思いました。理由は簡単です。

 

 自動車のエンジニアになる子がクラスに何人いるでしょうか。ひょっとしたら、1人もいないかもしれません。一人称はいいけど、確率がとても低い状態で論じても、誰も聞く耳を持ちません。

 

 大学教授の話は、世間離れしているのだと思います。いつの時代も。だから、教育学部を出た教師が4月から対応できないのは、その影響があると思えます。

 

 大学教授に「実践」力がないのですよね。机上の学問が主だからです。

 

■私は、上の微分積分にこう答えます。

 

「それはね、物事を論理的に、段階的に、小刻みに分けて考える基礎基本を考えることにあるんだよ! それは困難に出合った時、どう解決していくかという理知的な力を身につけることにあるんだよ。こうすればああなる、そうやればこうなるという」とね。

 

 私も微分積分、ベクトル等々、高校数学の本質はよくわかりませんでした。しかし、問題を順々に解決していくことに「面白さ」が出てきて、論理的に考える訓練になったとは思いますよ。

 

 大学教授が述べた自動車エンジニア論と私の論理力育成、どちらに軍配が上がるでしょうか。

 

 確かに、自動車エンジニアになりたいという夢を持っている子はますます頑張るでしょう。でも、それ以外の子は、・・・・・。