■週刊新潮最新号は必読です。とある記事は、これです。

 

「読み書きより「タブレット」「AI」優先で子供たちがバカになる特集」

 

 というものです。全く持って同感でした。

 

■文科省担当者曰く、上のことを進めることで、「全教科が恩恵を受けることになる」と。

 

「作文を書く授業も、<情報>で試行錯誤しながら文章を書き直したり、編集する経験を積んでおけば、国語の学びそのものが豊かになります。」

 

 頭を捻らざるを得ませんでした。これって、国語の授業じゃない?

 

■人工知能研究者、曰く。

 

「(生成AIで)幼児期や初等教育期を過ごす時代は、人類史上初めてです。今のα世代の子供たちが、脳の発達においてAIからどのような影響を受けるか、まだ完全にはわかっていません。」

 

 これは意味深です。前にも書きましたが、今はエビデンスがない、しかし10年後になってからでは、遅すぎますよね。今がその時代をまずは迎えています。あの記事に書いていた若い母親もすでに30台半ばでしょうか、どんな子育てになっているのか、ぜひ見てみたいものです。

 

■そして、研究者曰く、使わない機能は落ちていくと。これは皆が経験すみ、エビデンスありですよね。漢字を使わなければ書けなくなる、読めなくなる、計算もそうですよね。

 

 生成AIを使えば、「考える前に」正解がわかってしまう、考えようとさえしなくなるというのです。当然でしょうが。

 

■尾木ママは言われます。北欧が、「私たちが犯したあやまちを繰り替えなさいように」と語っていると。

 

「紙の教科書であれば、よく見るページが汚れたり、折り目がついたり、栞をはさんだりする。すると、そうした感覚も含めた経験が、立体的で総合的な記憶や認識につながるわけです。これはデジタルにはない特徴ですよね。」

 

■佐藤勝氏は言われます。

 

「デマやフェイクニュースに流されないために必要なのは、情報機器を操作する技術ではありません。文章を正確に読み、「何がが事実で、どこからが意見なのか」「この結論はどのような前提から導かれているのか」「そこに論理の飛躍はないか」と、自分で判断する力です。そして、その判断力の基礎になるのが国語と算数にほかなりません。」

 

■全く持って、これらの意見に賛成です。文科省の目標は、附属小中学校や私立高へのものではないでしょうか。もっと、文科省担当者は上から目線ではなくして、研究発表校ではない公立小学校の現場を見て(9割以上でしょうから)、基礎基本の充実に舵を切ってもらいたいものだと、思わずにはおられません。