■熊日に月1回でしょうか、公立中学校長が執筆されている連載「スマホの向こう側」というのがあります。

 

 毎回、スマホの背景をお聞きして、大変参考になっております。特に、今どきの子どもたちの考え方、その一挙手一投足における心理描写、保護者の関わり、教職員の関わり、そして社会の有りよう等々、問題提起がしてあって、とても目が開かされる思いがしております。

 

 また一方で、心理学用語なども散りばめられていて、学術的にも、事例があるだけ、わかりやすくなっているかと思います。

 

■ここでは、この題名にちなんで、未来(側)編を書いてみたいと思います。

 

 連載では、「今」のスマホの当事者側と向こう側というイメージなのですが、私は、その「スマホの未来側」を考えてみたいと思います。

 

 今から10年位前だったでしょうか、とある会が催されました。

 

 参加者は、保護者や一般人が主体で、そこへ児童生徒の有志、教職員、警察官僚等々が加わっていました。

 

 とある乳幼児を育てているであろう、若い母親が意見を述べられました。曰く、

 

「私は子育てにスマホを使っています。スマホを見せておけば、泣き止んでくれ、仕事が進みます。確かに、視力などは気になっていますが、その他にいたっては”エビデンス”がないので、気にしていません。」

 

 こんな趣旨の発言に、会場から拍手が起きました。私は拍手できませんでした。

 

■私の考えは古いのかと思いました。人間の赤ちゃんを機械が制御するとまではいいませんが、そんな形に一部分なっています。将来は、AIやロボットが育児を肩代わりするようになるのかもしれませんね。

 当時は確かにエビデンスがなかった、しかし、今や、youtubeなどでは、とある精神科医などが「スマホの影響」を、「エビデンス」(主にアメリカの研究結果)に従って、懸念されています。

 

 10年も経てば、エビデンスが出てくるわけです。

 

 そして、日本より進んでいる欧米がこぞって、児童生徒のSNSの禁止を法律で縛り始めました。日本はノーマークです。それは、学力問題にまで波及している状況です。

 

「スマホの向こう(未来)側」は、明るい未来なのか、暗い未来なのか、私はこの国の成り行きが不安で仕方がないのです。

 

 赤ちゃんの子育てから現在の小中学校の教育まで、私は大丈夫なのかと、不安で一杯です。もちろん、これは私の考えであって、裏付けとなるものがあるわけではありません。

 

 子育て中、もしくはそれを終えたばかりの保護者(私の教え子ら)が口を揃えます。学校では、対話、発表と、できる子はいいのだけれど、漢字が書けない、ローマ字を理解していない、計算が怪しい、こんな声で一杯です。結局、この対話や発表は、基礎学力なしではそもそも成立しないのでは? できる子の学習指導要領になっているような気がしているところです。「タブレットの向こう側」になってきましたね。

 

 何が原因なのか、しっかりと検証していかないと、この国は10年後に、大変なことになっていないかと、元教員は考えているところです。遅きに失すとならないよう、ただ単なる杞憂に終わると、いいのですが!