■朝日(20260803)に「部活動は教育福祉 支える手立てを」という記事が出ています。執筆は、大学教授です。

 

 共感する部分は、以下です。

 

「部活動は、中高生の学童保育的な居場所の役割のほかにも、顧問による生徒指導や、勉強が苦手な生徒の登校の支えのような面もあります。」

 

 しかし、教授はたぶんやったことがないのでしょう、この文章に、「小学校」が抜け落ちています。たしかに、やっている県はほんの少し、その少しの熊本で35年部活動をやっていた身からすると、認識不足も甚だしいと思います。

 

■そして、こう言われます。

 

「もちろん、これまでのように多忙な先生方にサービス残業で任せろとは言いません。学校主体の教育活動に位置づけて、専門職員を配置して、子どもたちを支える。自治体や大会を主催する団体が、企業などからも費用を集めて助成金を出す。」

 

 と言われます。多分、この方は、現場を知りません。

 

 部活動は「個人の自由」なのです。やる子もいればやらない子もいる、それをご存じない、だから、上記のようなことを言われています。

 

 そして、学校教職員にも、担当する教師としない教師が半々です。

 

 これで給料が同一、しかも「受益者負担」という観念のない活動がなされているわけです。

 

 つまり、「部活動」は、「塾」と同じなのですよ。

 

 学校とは別存在なのです。だから、遠征費(する必要など毛頭ないと思っていますが)や担当者への謝礼金は、保護者が負担するべきなのです。

 

 塾にボランティアで行く人はいないと思います。しかるべき代金を支払っているわけです。

 

■ここに、教師が不足する「大原因」があったのです。

 

 やらない教師はボロ儲け、やる教師は渋々ボランティア、この不公平、そして保護者の負担なし、これが全ての根源です。ここを正さずして、うまくいくわけがありません。

 

 もっと大学人は「部活動を研究」されているのに、認識不足ではないかという「気」になったことでした。