■朝日(20260712)に「泳がなくていい 楽しいが命救う」という記事が出ています。

 

 ここでは、水球めいた授業が紹介してあります。担任ではなくして、外部講師です。何年生かは書いてありません。少し、いい加減な記事なのでしょうか。担任だったら、指導要領に沿う必要があるので、中学年以上だと、泳ぎをいれないといけませんよね。

 

 それはともかく、「泳がなくていい」ということにはならないと思うのですよね。もちろん、記事の趣旨はわかるのですが。

 

 なぜか、理由は、和辻哲郎氏の『風土』ではありませんが、日本は海洋国です。

 

 海洋国に住む住人が泳がないでは、話になりません。

 

■10年以上前だったでしょうか、韓国でフェリーだったか沈没して、300人近い高校生が亡くなるという事故が発生しました。

 

 痛ましい事故でしたが、この時、話題になったのが、韓国では水泳の学習がないということでした。

 

 もちろん、この事故自体は、フェリー側の問題なのですが、海に囲まれた日本では、やはり「泳ぐ」授業は必須かと思うのですね。

 

■水泳学習をやって「泳げなくてもいい」というのと、「泳がなくていい」というのは、天と地ほどの差があるかと思います。

 

 いろいろな理由から、努力したけど、10時間未満の水泳学習では泳げるようにならなかったというのと、その時間、「泳がなくていい」というのとでは、明らかに違いますよね。

 

 跳び箱に言い換えると、「跳べなくてもいい」と「跳ばないでいい」では、天と地ほどの差がありますよね。

 

■もう水泳学習も終わりに近づいている頃かと思います。1mでも長く「泳げる」ようになっているといいなーと思います。

 

 私は1年生の時、無呼吸でプールの横(11m)を泳いていました。息継ぎができるようになったのは(つまり25m泳げる)2年生の時でした。

 

 今みたいな、スイミングスクールとかはない時代で、「体育命」の私としては面目躍如という感じでした。