水俣の写真記事(熊日20260506)

 

1)「水俣を巡ろう」

 

■今回は「患者思う 上皇さま」と題して、エコパーク水俣編(第9回)でモニュメントが紹介されています。

 

 上皇さまが詠まれた歌が3編、紹介されていて、その1つをここに紹介します。

 

「患ひの元知れずして 病みをりし人らの苦しみ いかばかりなりし」

 

 患者の皆さんとの触れ合いがよくわかる歌ですよね。

 

 

 

2)「水俣病70年」

 

■そのシリーズの1つに「記録を記憶に」というのがあって、今回は「百間排水口 原点の地 面影なく」ということで、新旧2枚の写真が掲示されています。

 

 2枚の写真提示はよかったのですが、多分、この写真、見ただけでは何がなにか、わからないのだと思われます。

 

 堤防道路の中に、排水口があって、水銀を含んだ水はどちらからどちらへ流れていったのかが、イマイチ、よくわからないと思うのですよね。

 

 ここは、説明がほしかったというところでしょうか。

 

 つまり、旧写真の方で、左上に小さく見える工場らしきものがチッソ水俣工場で、この排水口から右側の海へとつながっていたというのを書かないと、手前に大きな民家も写っているので、「海」というのにはつながらないと思うのですよね。

 

 ここから先は、小川めいたものとして整備され、埋め立てられて(スポーツ広場へと)海へとつながる、現在の状態へとなっていくわけです。

 

 

3)図解がほしかった!

 

■つまり、水の流れを「→→」で示しておくと、わかりやすかったと思うのですよね。プラス「→→海へ」とあれば、さらによかったと思うのですね。

 

 以下は、私が取材した昨年の百間口です。

 

 

 最初は撤去が検討されていましたが、昔の排水口は保存されることになりました。

 

 さらに、埋め立て前の写真を紹介します。1980年代後半のものです。この時、ヘドロ等々もとったことでした。

 

■上の2枚の奥が百間口になります。

 下は、すでにできていた新しい橋で、網で仕切られて、魚の行き来をシャットアウトしていた網です。

 

 

4)似ている構図

 

■私は、エコパークで見た、次の写真群を見て驚いたことでした。それは、原爆の地においてあるモニュメントと「鏡」になっていないかと思ったからでした。

 

 

■広島には、こんな碑文があります。

 

「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」

 

 そして、長崎には、折り鶴が掲げてあります。

 

 

「二度と」という言葉ほど、重い言葉はありません!!