っ...うっ、痛っ...。



じわじわと感じる痛みに、徐々に意識が蘇ってくる。



確か...庭の巣を移すために...

そしたら、まなつがこっちに走ってきて...

...私、はしごから落ちて...。




まぶたを少しずつ開けると、薄目から入る周りの光が眩しく、白くぼやけてはっきりしない。



「..かっ、あすか!?」



この声と私の左手を握っている人は、きっと同一人物。...はぁ、やっぱり安心する。




まぶたを開けば、麻衣さんが心配した顔でこちらを見ていた。




「大丈夫?ここがどこか分かる?」



ここは...私の部屋だ。



わずかに頷くと、よかったと 麻衣さんは胸を撫で下ろして安堵する。



おでこ辺りに少し痛みが走り、触ってみると湿布が貼られて、よくよく見ると右手の指に包帯が巻かれてる。



「飛鳥3日間も目を覚まさないから心配で。」



「3日...てことは、屋敷の仕事がっ...。」



慌てて起き上がれば頭がクラクラして目眩がしだし、またすぐに身体がベッドへ沈む。



「急に起き上がっちゃだめ。屋敷の事は執事長がやってくれてるし、今はしっかり自分の体を休ませて。」



「はい...。」



すると、部屋の外から静かに足音が聞こえ、襖を開けて入ってきたのは七瀬さん。



「目 覚めたんやな。よかった。お姉さん、まつさんといくさんが探してたよ。」



「分かった。...飛鳥また後で来るから。」



そう言って、部屋を後にした。




七瀬さんは額の湿布を見て、


「傷は痛むと思うけど、1週間もすれば治るって。」


「そうですか..。」



はぁー、元はと言えば あざといチャイナドレス女と自称チャイニーズのヌンチャクばかのせいだ。






「...飛鳥、ななの相手できそうにないね。」



それは、...ど直球やしませんか。




その表情はいつも通り穏やかな七瀬さんの笑顔と少しニタッと悪そうな顔が混じっている。



「お姉さんとも当分できそうにないんでしょ?」



と遠くを眺めながら言う。


だから、敢えて言わなくていいんですって。




「寂しい?」



「...別にそんなことは。」



強がってみたものも七瀬さんの目はごまかせず、かすかに笑われた。



...でも私にはその方が都合がいい

麻衣さんに対しての罪悪感は少ない方が。




「少し退屈やな...。新しい子たちに相手してもらおうかな。」



新しい子たち?



「誰のことです?」



「新しく養女を迎えるんやって。執事長がこないだ話をつけてきて、近々この屋敷に見習い侍女としてやって来るって。」



この状況で侍女が来るのは、むしろ都合がいい。



だって、麻衣さんとの時間が少しは増えるかもしれないと嬉しくなったのが正直なとこだから。



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明かりを点けていない部屋の中は薄暗く、誰もが眠っている夜明け前。


廊下から人の気配がし、障子に人影が写る。



「飛鳥、起きてる?」



まだ釣鐘を鳴らしてもいない こんな早朝に私の部屋を訪れる人物といえば、麻衣さん。



「はい、今 行きますね。」



着替えて、一緒に向かった先は厨房。

私が怪我してから、麻衣さんは毎朝少し早めに起きて朝食の白米を炊いてくれている。




「こんなこと麻衣さんにやっていただくことではないのに...申し訳ございません。」



「いいの、いいの。さすがに その手じゃ お米洗えないでしょ。」



そう笑って手際よくお米を研ぐ麻衣の横で飛鳥はクラムチャウダーと味噌汁の味見をする


ちゃんとパンとご飯に合うように。



「そういえば明日からだよね、侍女の子がくるの。たしか大園家と与田家の子だったかしら?」




伊丹家は平安時代から続く名家であり、古い記録によればこの国を裏で牛耳り、中核を担ってきたとされ、伊丹の存在は十六の家臣達によって現代まで守られてきたとされている



麻衣さんの言う、大園家と与田家はその十六の家柄のうちの二家。

 


「そうです。...ですが、なぜこのタイミングなんでしょう?」



私のこの問いに、どうして?と麻衣さんはさらに疑問の表情を浮かべる。



「もうこの屋敷にやってきて三年、大抵のことなら私一人で熟ます。なのに、執事長は新しい侍女を頼んだ。

その理由が分からなくて...。


きっと私が役立たずだったと....っ!?」




麻衣さんは私の頭を優しくポンポンと撫で宥めてくれる。そう、愛しい人の手はいつでも優しい。



麻衣さんは、包帯を巻いた私の右手を手に取り



「きっと執事長は飛鳥に負担がかからないようにするために、侍女を頼んだのかもしれないよ。」



さっきまでお米を研いでいた手は冷たいけど 

この方はいつだって温かくて優しい。




「役立たずなんて言わないで。飛鳥は伊丹に必要な存在なの。もちろん私にとっても。」




すると、綺麗な お顔が近づいて、自然と唇に柔らかな感触が重なる。サッと触れるだけの短いキスだけどそれだけで嬉しかった。



だって...、



「好きよ。」




ちゃんと言葉にしてくださるのだから。




「私も好きです。」




「あの、七瀬先輩。私も写真撮ってもらってもいいですか?」


 

今度は乃木高の子が女子高生の人混みの中から現れた。きっと一年生やと思う。


 

「もちろん、ええよ。」


 

その子が握りしめていたスマホで写真を撮る。

 


「ありがとうございます!先輩の男装もかっこよかったですけど、ありのままの七瀬先輩は女の子らしくて、なんだか守ってあげたくなります。」

 


「守りたくなるなんて、初めて言われたよ。でも、嬉しい。ありがとう。」


 

お礼を言うと、ちょっとその子は照れて、

 


「私、1B組の山下美月って言います。写真ありがとうございました。よかったら、これどうぞ!」

 


と、小袋に入ったココアワッフルをくれた。

 


「美月ちゃんやな。こちらこそありがと。これ後で食べるね。」

 


ニコッと微笑むと人混みの中に消えて行った。

 


「なぁちゃんモテモテだね~♪」

 


今度はいくちゃんが横からふらっと現れて、からかってくる。


 

「そんなんちゃう。」

 


「男装坂に出るとね、一気に有名人になるんだよ。いろんな意味で。」


 

「いろんな意味で?」

 


どういうことと聞こうとすると、

 


「あ、まいやんのとこ行かなきゃっ♪」

 


またはぐらかされた。








その後も撮影会状態は続き忙しかったけど、たこ焼きは無事に完売して怒涛の屋台は終わった。



乃木祭もクライマックスを迎え、夕暮れが過ぎたグランドにはキャンプファイヤーが点火されている。



一部の生徒は火の周りでアップテンポな曲でおどったりしてフィナーレムードになっている。



七瀬はかずみんと一緒に遠くの方から屋台で作ったたこ焼きを食べながら見ていた。



「なぁちゃんの男装があんなにもかっこいいとは、想像以上だったよ〜」



「でも、かずみんも似合ってたよ?あの後サインくださいって頼まれてたやろ?」



「やっぱり男装坂って凄いよね〜。」




初めての乃木祭思ってた以上に楽しかった。大阪の高校の時はこういう行事で目立ったことはしたことがないし。



...転校してきてよかった。







今日一日を振り返っていると、




「お姉ちゃん。」



突然、背後から声がした。




ななのことをそう呼ぶ聞き慣れた声の人物は

もちろん、飛鳥だ。




「話があるんだけど、...今いいかな?」




かずみんから断りを得て、グランドから少し離れた中庭にやってきた。




すっかり暗くなり周りの人の気配は感じられない。遠くのグランドの方からキャンプファイヤーで賑わう声が聞こえる。




乃木祭の準備で忙しくて、ここに来るのも結構久しぶりかも。




ベンチに腰掛け、真正面を向いたお互い目も合わせずにいると、先に口を開いたのは飛鳥だった。


 

乃木祭楽しかった?」


 

「うん。...飛鳥は?」

 

「楽しかったよ。」

 


「そっか。」



 

また少しの間が空く。

 

 

...男装坂優勝おめでとう。お姉ちゃん かっこよかったよ。凄く凄くかっこよかった。」

 


「ありがと。」

 


今しかない。ちゃんと飛鳥に伝えないと...



 

「あすっ... 「お姉ちゃん。」



 

言い掛けようとした気持ちに待ったをかけるように飛鳥の声が耳に入ってきた。

 


 

「私ね、お姉ちゃんが...″好きって言ってくれたこと嬉しかった。昨日は突然の事で頭も心も整理できなかったけど...

 


地面に咲く花をまっすぐ見つめるその横顔を七瀬は静かに見ていた。

 

 

「今日の全校企画でも言ってくれた。ちゃんと見てたよ。ありがとう。」

 


飛鳥がこちらを向いて、お互いの視線がやっと交わり、ゆっくりと話す。

 


「昨日はごめん。橋本先生に飛鳥を奪われるんやないかって思ったら自分でも抑えきれなくて。でももう一度言わせてほしい。今度はちゃんと



 

中庭に涼しい風がさっと吹き渡り、木々が小葉を揺らす中、飛鳥は黙って ななの話に耳を向けてくれる。



 

「飛鳥は、ななのことをお姉ちゃんとして見てると思う、一人の姉として。...でも、ななは飛鳥のことを妹以上に思ってる。」


 


あの言葉を二度も口にしたのに、

やっぱり本人を前にすると緊張して少し鼓動が速くなる。

 


「飛鳥のことが好きや。

なな と付き合ってください。」


 

答えをじっと待つ。すると、風の音の中に消えてしまいそうなほど、小さな声で答えてくれた。

 


「お姉ちゃん、ありがとう。」



 

飛鳥は静かに瞼を閉じると、

 



「昨日からずっと考えてた。お姉ちゃんと姉妹の関係を越えていいのか、何が恋愛なのか、何が正しいのかって。ずっと考えて、女の子同士の恋も恋愛なんだって、そう思えた。」

 




「でもね...お姉ちゃんと姉妹の関係を越えてもいいのか。それが正しいことなのかまだ分からない。



ただ、自分の気持ちで気づいたことが一つあるの。お姉ちゃんのことを考える間に、私の中にも恋愛感情に近い別のものがあるって。」

 






飛鳥は閉じている瞼をさらにギュッと瞑り、続けた。

 




 

「私...が好き。」





えっ...




その言葉に理解が追いつかない ななに追い討ちをかけるように、飛鳥は一呼吸置くと閉じていた瞼をゆっくりと開け、もう一度視線が重なる。





「気づいたの、わたしは...





















橋本先生のことが好き。」








好きな人の声に乗ってやってきた答えは、残酷すぎるほど、一番聞きたくない言葉やった。





全員の男装披露が終わり、全生徒と一般の人からの投票を元に優勝者が決まる。



誰になるんやろ?



でも楽しかったし、いいかな

とか思いながら気長に待っているとステージ上に集められる。



すると、司会者の横に

まいやんも並んで立っていた。



司会者が少し興奮ぎみに、


「それではここで!昨年の優勝者である白石麻衣さんに男装坂グランプリの優勝者を発表してもらいたいと思いますっ!!!!」



会場も同じように歓声に包まれる。



まいやん優勝者なん?

審査委員長が前優勝者って凄ない?



まいやんの凄さに圧倒されていると、会場内にまいやんの声が響き渡る。



「それでは発表します。」



会場が暗転し、まいやんにだけスポットライトが当たる。



「乃木祭男装坂グランプリ優勝者は、



エントリーナンバー3番










齋藤七瀬くんです!!」





....えっ、なな?!



という驚きと同時にいくつものライトが ななに向けられ、視界を遮られるほどの紙吹雪が雨のように頭上から降ってきた。



会場からも黄色い歓声と拍手が飛んでくる。




「なぁちゃん、おめでとうっ。」



同じく男装姿のかずみんがニコニコしながら隣で喜んでくれてる。




「おめでとうございます!優勝者には審査委員長より2メートルのクマのぬいぐるみが贈呈されます!」




まいやんとスタッフの3人がかりで、ななよりもはるかに大きいクマが姿を現す。



「七瀬くん、おめでとう!」



まいやんがスタッフと一緒に手渡そうとしてくれるけど、



「...持てるかな?」



いや、無理やって。

これ一人じゃ持てへんって...。



「じゃあ、私も持つの手伝うよ!」と言ってくれたのは、横にいる かずみん。


助太刀いたす。
なんて、今の格好にめっちゃ合ってるし。


そんな頼もしい侍に助けられて、ななの一番の大仕事は終わった。




かと思いきや...


全校企画が終わって、フードエリアに戻るとA組の屋台には、お昼の時以上の女子高生が並んでいた。


店番をしてくれていたクラスメイトに
「さっきよりも多ない?どうかした?」と聞くと、


「みんな、なぁちゃんの男装を見て会いにきたんだって!だから七瀬くんには、たくさんたこ焼き作ってもらわないとね!!」


帰ってきて早々、よろしくとピックを渡され
たこ焼き作りに追われた。


「さっきの男装かっこよかったです!」
「七瀬先輩のクールな表情素敵でした!」

後輩や他校の女の子に お褒めの言葉をもらって、悪い気はしない。


すると、
「七瀬先輩、一緒に写真撮ってください!」と二人組の女子高生に頼まれた。



「私、欅高1年の志田愛佳って言います!あ、この子は親友の渡邉理佐です!」


「はじめましてっ。」


欅高も確か姉妹校だったけ?

飛鳥と同い年には見えないほど大人びてる二人に驚きつつも、「ななでよければ、全然ええよ。」と快く引き受けた。



近くにいた いくちゃんにカメラマンを頼んで、ななを中心にスリーショットを撮ると、「ありがとうございます!」と言って喜んでくれた。



こちらこそ、ありがとう と丁寧に返し、二人もたこ焼きを買っていってくれた。












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皆さん こんばんは

乃木メガネ・みずながです!


今回は短いうえに変な区切り方をしてしまいすみません。1話分で収まらなかったので、42話の前編と後編という形にさせてもらいました。

どちらかというとメインは後編の方です...。



この続きは、21日の0時に更新します!



長々と引っ張り続けてきた七瀬と飛鳥 姉妹の恋の行方。


ぜひ、明日の42話・下をお楽しみに!